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08 蛙の子は蛙〈3〉
夕と椿を交えての家族ぐるみの食事会は和やかに行われた。和食を中心とした椿の料理はどれも絶品で、料理のコツから華道、私生活の話と会話は弾みあっという間に時間が過ぎて行く。
そして話題は夕の高校進学の話へと進んだ。中高一貫の西陵大学附属中学校に通う夕はほぼ受験なしでそのまま高校に上がる事が出来るが、どうやら夕の進みたい学科はそう簡単に通れるものではないらしい。
「普通科ではなく特進科か国際科に進もうかと考えているんですが、特進だと特に合格ラインが高くて。だから頑張らなきゃなんですよ」
「あ、そういえば聞いた事ある。あそこの特進科って結構厳しいらしいね」
そうなんです、と夕は苦笑いを浮かべ味噌汁を口に運ぶ。物を食べる仕草も上品だ。
「聞けば進学試験は一月らしくてね。丁度夏休み前だし、そろそろ勉強に力を入れる時期だと思うんだ」
白岡の言葉にそうですねと頷く。自宅学習のみで高校受験に挑んだ利人だが、塾に通っている友人も多かった事を思い出す。
「夕君は塾に通ってるの?」
「いえ、塾には行っていません。普段は通信の教材を使って勉強しているんです」
この辺りには中学生向けの丁度良い塾がないんですよ、と椿が言葉を添える。
成程と頷くと、白岡と目が合った。にんまりと細められる瞳に、あ、これは嫌な予感だと眉を顰めた。
「だからね、家庭教師をつけたらどうかと思うんだ。雀谷君、良いと思わない?」
「はあ、良いんじゃないでしょうか。遠い塾に通うのも大変でしょうし」
戸惑いながら答える利人に白岡はうんうんと満足げに頷く。
(何で俺に聞くんだろう)
当の本人である夕はそんな話は聞いていないと言わんばかりに白岡を凝視している。椿も初耳のようだがほのぼのとそれも良いですねなどと呟いている。どう考えても今この場で利人に尋ねる話ではない。
「白岡教授、その話は」
「じゃあ雀谷君、家庭教師よろしく頼むよ」
「はい?」
白岡の言っている意味が分からず凍りついた。
「……家庭教師を探すのを、って意味でしょうか」
「はは。それは勿論、雀谷君に夕の家庭教師をしてほしいっていう意味だよ」
信じられない。ふわふわとほろ酔い気分だったのにサーッとアルコールが静かに引いていくのを感じた。
はっとして夕を見ると、夕は眉間に皺こそ寄せていないが目を見開き今度は利人を凝視している。椿に至っては、それは名案だわと顔を輝かせている。名案どころの話ではない。
「じょ、冗談ですよね?」
「まさか。当然本気だよ。君はしっかりしているし、君の友人に聞いたところ教えるのも上手いそうじゃないか。高校受験は自力で合格して妹の勉強も見ていたとか」
何故そんな事までとぎょっとした。まさか、と思いながら恐る恐る唇を開く。
「教授、その友人って……」
「ほら、君が仲良くしている女の子だよ。越智さんって言ったっけ? それとその弟君。お昼ごはん驕ったんだ」
(売られた)
イエーイ、と手元でピースサインをする白岡とちゃっかり情報を漏らしている姉弟に苛立ちが込み上げた。やはりあいつらだったか。
大学には一年生に羽月の弟がいて、中学の頃から面識があり彼に勉強を教えた事もあった。
「父さん、雀谷さんが困ってますよ。父さんが頼んだら雀谷さんも断りづらいでしょう」
夕の助け舟に利人はほっと胸を撫で下ろした。実際困る事になるのは夕なのだ。大事な時期なのだから、教わるなら信用出来る人間に教わった方が良いに決まっている。
僕は断ってほしくないんだけどなあと抜かす白岡を尻目に食事は終わり、結局家庭教師の件は保留となった。
成績を見せてあげなさいと言った白岡の言葉により利人は夕の部屋へと誘われる。
「雀谷君」
夕に続いて部屋を出ようとすると白岡に呼び止められこそりと耳打ちをされた。
「平日のバイト探してるんでしょう? もし雀谷君が引き受けてくれるって言うなら給料弾むよ」
ぎくりとして白岡を見る。金欠なのを見破られているかのようなその言葉にどきりとした。
「雀谷さん、どうかしました?」
「あ、いや。何でもない」
今行くよ、と利人は踵を返す。そっと振り向くと襖から身体をはみ出させた白岡がひらひらと手を振っていて、利人はきまり悪そうに頭を下げた。
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