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11 追思〈1〉

 やってしまった。  いや、正確にはやったのは夕で自分は被害者な訳だが、今頭を悩ませているのはキスをされた位で動揺し取り乱してしまった事で。 (年下のガキに遊ばれてどうする)  夕の顔を見た瞬間それがおふざけであり、自分は単にからかわれているのだと思い知らされた。  あそこで誰も現れなければ、もしかしたら大して動揺する事なくただ驚くだけで済んだのかもしれない。 (パニくるとか、ないだろ)  白岡にも夕にも合わせる顔がなくて気が重い。 (情けない……)  そんな事をつらつらと考えていたせいか利人は中々眠りにつけずにいた。何度目かの寝返りを打つと、結局じっとしていられず客間を出る。  手洗いを済ませ客間に戻る途中ふと並んでいる大きなサッシ窓に目を止めた。  薄暗いが暗闇に慣れた目は窓の向こうを雨戸が覆っている事に気づく。 (そうか、ここ縁側だ)  音を立てないよう静かにサッシ窓を引き雨戸に手を掛ける。  するとそよ風が頬を撫でた。藍色の空にぽっかりと浮かんだ白い月が優しく夜の庭を照らす。利人は視界に広がる夜の日本庭園に目を奪われた。  ひいらり、ゆうらり。  腰を下ろしぼんやりと外を眺めていると、風に吹かれて花びらが落ちてきた。  掌でそれを受け取ろうとしてそれは指の間を掠めていく。 瞬間、無数の花びらが舞う景色が重なった。そして次に流れ込むのは地面を埋め尽くす濁った桃色。 それと、赤。 予期せず流れ込んだ記憶にしくりと胸が切なくなる。 けれど思ったより心は落ち着いている。これがもう少し前なら、もっと揺さぶられていたのかもしれない。  深く息を吸い、吐いて、瞳を閉じる。そうして思い出されるのは新しい記憶。桜の散る中立っている白岡。そして薄く重なる少女の影。  白岡の言葉が頭の中で響く。 ――俺はこうしてのうのうとここまで生きてきたんだから。  ふと思う。  あの時白岡に会わなければ、きっと白岡とはごく普通の教授と研究生として接するだけだっただろう。  桜が沢山散っていたあの日、あの時に、会いさえしなければ。      

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