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13 追思〈3〉
すべての講義を終え、何となく静かな道を歩きたくて遠回りをして大学の裏側に出ると、離れた先に見知った人影を見つけて少し驚く。
(白岡教授?)
学外からこちらに向かって歩いて来るのは先日配属が決まった研究室の教授だった。もう六時を過ぎているが辺りはまだ明るく、白岡の様子をはっきり見て取る事が出来る。
ほのぼのとした印象を持っていたが、はらはらと桜の花びらが舞っている中視線を下げ哀愁を帯びた表情につい目を引かれた。
少しずつ距離は縮まり裏門の外の横断歩道を挟む形で向かい合う。白岡はまだこちらに気づいた様子はなく、利人はトラックが近づいている事に気づくと白線の外で足を止めた。
けれど、白岡は足を止めなかった。
ふらりと、ゆっくりとした足取りはそのまま桜の散った白線を踏む。まるで、分かっていて身を投げているように見えた。
その瞬間、白岡に小さい少女の姿が重なった。少女は真っ赤な顔を綻ばせている。
がん、と鈍器で頭を殴られたかのような衝撃が走った。
「――伊里乃‼」
叫ぶより先に走り出していた。トラックのブレーキ音と、灰色と白を埋める桜。
間一髪、手遅れにはならなかった。トラックが急ブレーキを掛けた事と利人が白岡を突き飛ばすように転がり込んだ事が幸いし大事には至らなかった。
けれど利人の耳には運転手の怒号もトラックの走り去る音も聞こえてはいない。
利人は白岡をきつく抱き締めたまま震えていた。寒さに震えるように真っ青な顔で、呼吸の仕方さえ忘れてしまったかのように不規則に息を吸っては吐く。
「いっつ……」
白岡が身じろぐと利人ははっとしてがばりと白岡の顔を覗き込んだ。
「何やってるんですか、貴方は!」
「え……雀谷、君?」
白岡はぽかんと目を瞬かせる。けれど利人はくしゃりと顔を歪めると白岡の腕にしがみつくようにして胸に額を擦りつけ叫んだ。
「死ぬつもりですか⁈ 止めてください、こんな……ッ。もし貴方が死んでしまったら、どれだけ、どれだけ周りの人間が辛いか……!」
声も手も震えていた。
怖かった。
失う恐怖を鮮明に思い出して、怖かった。
すると、ふわりと優しく頭を撫でられる。
「ごめん。そんなつもりはなかったんだけど、でも君のお蔭で助かった」
ありがとう。
その動作は優しいのに白岡の手が思いの外冷たくて驚く。
もしかすると外の空気に当てられて冷えてしまったのかもしれない。空気が冷たい事に気づいて利人はぱっと顔を上げた。
「白岡教授、寒くは……」
「ところでさ、雀谷君。『伊里乃』って誰?」
利人の言葉に被せて紡がれるその声にぞくりとする。
見上げると白岡は薄暗い空の下微笑んでいた。
「これから付き合ってくれるかい? 細やかではあるけれど、僕にお礼をさせてほしいな」
白岡は立ち上がると利人に手を差し出す。遠慮がちにその手に掴まると、思いがけず強い力で引き上げられる。
日はとっぷりと暮れ、辺りはもう夕闇に包まれていた。
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