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15 追思〈5〉*

 重ったるい身体。熱い。どろりと溶けるようで、ちりちりとくすぐったい疼きが身体中を這い回る。  夢うつつの中ぼんやりと感じていたそれは次第に強くうねり出す。  気持ち悪い。  それに、苦しい。甘い痺れに誘われたかと思うとすぐにそれは引き、圧迫感と居心地の悪さに不快感を覚える。  すると突然ずぐりと鈍い痛みが走った。浅い所を揺蕩っていた意識は急激に現実へと引き上げられる。 「あ、起きた?」  思わず零れた呻き声に反応して声が降り掛かる。薄暗い部屋の中ゆらゆらと視線を彷徨わせると、自分の足元にその人がいる事に気づいた。 「きょう、じゅ?」  少し薄暗いが橙の灯りに照らされ映し出されるのは白岡だ。けれど利人の視線は白岡ではなく自分の下腹部へと釘づけになる。 「……え」  下半身を纏うものは何もなかった。上着も胸元までたくし上げられそれは裸に近く、悪寒なのか空気が冷たいのかぞわりと鳥肌が立つ。ぼんやりとしていた頭は一気に覚醒し、利人はあまりの事態に瞳を震わせた。  おかしな場所に感じる異物感。それが動いている不快感。  状況が全く飲み込めず、只管に困惑した。 「な、にを……して、」  利人の足の上に乗った白岡の腕は利人の股間へと伸びている。  白岡は自分の手元に視線を下ろすと、ああと零してぐちゅりとその手を動かした。  利人は内側が掻き回される感触に顔を歪める。 「何、ね。何してるんだと思う?」  言ってみなさいと白岡がほくそ笑む。後孔を凌辱していた指が引き抜かれ、利人はぞくりとするその感触に歯を食いしばった。 「わ、分かりません。というかここはどこですか? どうして俺は」 「分からないじゃないよ。思い出して、そして自分がどんな状況に立たされているのかよく考えなさい」  その声は穏やかだが、言葉の端々が冷たく利人は戸惑いながら息を飲む。そろりと部屋の中を見回り、恐らくここはホテルの客室ではないかという事に気づいた。 (俺、酔い潰れたんだ)  ぼんやりと思い出されるのは白岡を助けホテルのレストランで楽しく食事をしていたところまでだ。途中までは思い出せるが酒が進んだ後の記憶が曖昧で、何を話したのかも殆ど思い出せない。  さあ、と血の気が引く。折角の席で自分はなんて事をしてしまったのだと自分の失態に気づいた。  酒に溺れて眠ってしまったから態々部屋を借りて運んでくれたのではないか。もしかしたら吐いたのかもしれない。それなら服を脱がされている事にも説明がつくし、嘔吐物が服の下にも入り込んでしまったからこんな有り得ない場所にも触れられているのかもしれない。  あるいは身体の診察という可能性だって捨て切れない。白岡は医者ではないが守備範囲の広いこの教授の事だから医学に手を出していても不思議はない、と思う。その思考に無理がある事に気づかないのはそれ程動揺していたからだ。  総括するに、自分は失態を犯した。それだけは歪みのない事実だろう。 「も、申し訳ありません! 折角お誘いくださったのにとんだ失礼を、っあ、あれ?」  土下座をしようと頭上にある手を振り、更なる異変に気付いた。利人の両手首はぎっちりとネクタイらしき布で固定されていたからだ。 「……えっ、何で、え?」  これはどういう事ですかと白岡を見ると、白岡はおかしそうに吹き出す。 「あはは、今君何考えてたの? 僕は君に失礼なんてされた覚えはないよ」  利人は戸惑いながらも白岡の言葉にぱっと瞳を明るくする。 「そ、そうなんですか? だって、俺が酔い潰れたからここに運んでくださったんじゃないんですか……?」 「元々潰す為に飲ませたからね。部屋は予めこの為に取っていたから計画通りだよ」  不穏な返事に利人は頭を傾げ顔を顰める。 「じゃ、じゃあ俺が吐いたのを介抱してくださってる訳でも触診している訳でもなく……?」 「そんな事考えてたの? 雀谷君って真面目馬鹿だねえ」  あっは、と明らかに馬鹿にされかちんと来た。けれどその事に苛立っている場合ではない。  では、それなら一体白岡は何をしていたのか。  白岡の言葉が真実ならわざと酔わせて眠らせ今の状況をつくり出している事になる。 「何が何だか分からないって顔だね。本当に分かってないのか、本当は分かっていて今の状況を信じたくないだけなのかどっちなんだろうね」 「な、何言ってるんですか。それで言うならきっと前者ですが……というか、どうして腕縛られてるんでしょうか」 「本当に分からないの? 童貞?」  無言になる利人に白岡はからからと笑う。 「可愛いねえ、処女っぽいし最高だな。あ、腕のはね君が起きた時逃げないようにっていうのもあるんだけど、まああれだね。テンション上がっちゃった」  処女膜はないし白岡の言っている意味がよく分からないが白岡の笑顔が無性に腹立たしい。これまで白岡には柔らかくて雰囲気の良い壮年紳士というイメージがほんのりとついていた利人だが、それは見た目詐欺だという事に気づき始めた。 「じゃあね雀谷君、今僕にされているこの現状を言葉にしてみなさい。そうすれば君にも分かるだろうから」  白岡はそう言うと掌にジェル状のものを出して指先に絡みつけ、再び利人の後孔に滑った指を宛がった。  ひ、と小さく零した利人に白岡がほらとせっつく。 (この状況を俺に言えって言うのか?)  嫌だと思いながらも結局逆らえず、利人は唇を噛んだ後渋々口を開いた。 「俺のこ、肛門に……白岡教授の指が当たってます……」 「そして?」  ぐちゅ、とその指が後孔の中へと埋まる。不快感に顔を歪ませ、ぐぷぐぷと侵入される感触に堪えて息を潜ませた。 「指が、入って……動いてます。……ッ、」  唇を噛み苦しげに息を止める利人の内側を白岡は容赦なく辱める。 「どういう風に感じる?」 「気持ち、悪いです。音も、感触も」 「今から僕が何をしようとしているのか分かったかい?」  は、と息を吐く。白岡の瞳に視線を止め、眉間に皺を寄せた。 「全く分かりません。失礼ながら、俺には教授が悪ふざけしているようにしか思えません」  いくらそれが真実とはいえ、敬うべき人間へのこうした進言には勇気がいる。利人はまだ自分に非があるのではないか、何か正当な理由があるのではないかと疑っていた。  教授ともあろう人間が、無遠慮に相手を辱める事など有り得ないとこの時はまだ信じていたのだ。 「悪ふざけなんかじゃないよ」  だから、白岡のこの発言で希望を感じてしまったのだ。  指の代わりに宛がわれたものを見るまでは。

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