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16 追思〈6〉*

「白岡教授。俺は、女ではありませんよ」  震える声でそう言うと、白岡はゆるく目を細めた。 「勿論分かっているさ。君の目にはこれがどう見える?」 (どうって)  どうも何もない。ここまで来れば流石の利人でも白岡のしようとしている事が何か分かってしまう。 「教授。まさか、俺とセックスしようって言うんですか」  信じられないと言いたげに首をゆるゆると横に振る。  勿論知識としては知っていたのだ。その行為そのものや、肛門と直腸を代わりに使えば男同士でもそれが可能だと言う事。  けれどまさか自分の身に降り掛かる事になろうとは思っていなかった。有り得ない事だと選択肢に入れる事すらしなかった。 「その通り。やっと分かってくれたんだね」  良かった。白岡はそう言うと唇を弓なりに曲げ、腰をぐいと押し込んだ。  苦痛の悲鳴が上がる。  それからの時間は利人にとってとても苦しく只管に長く感じた。突き上げられ、掻き回され、凌辱されるその行為はただただ苦しいだけだった。  何でこんな事になったのか。  歯で唇を切ったらしく鉄の味が口の中をじわりと広がった。もしかしたら尻も切れているかもしれない。無理矢理広げられ刺激される内壁は熱くじりじりと痛む。  抗っても、逃げようとしても、許されない。  これはレイプだ。 「君、言っていたね。妹さんを死なせ掛けた事を悔やんでいるって。でも、僕に言わせればそんなの大した事じゃない」  ぎしぎしとベッドが軋む音をどこか遠くで聞いていた。反論する気力ももう残っていない。  けれど、貫かれながら垣間見えた白岡の表情に利人は瞳を震わせる。 「親友を殺した俺はこうしてのうのうとここまで生きてきたんだから。自分を責めたって過去が変わる訳じゃない」  氷のように冷たい瞳だった。  どこかで見た顔だと思って、ああそうかと思い至る。  白岡が車に轢かれそうになった時にも、そういえば似たような顔をしていた。  そう言いながらも自分こそを責め何かを諦めているかのような白岡のその虚ろで儚い瞳を見て、利人は無意識にその頬に手を伸ばしていた。まるで涙を拭うように。  白岡は泣いてなどいなかったけれど、利人の行動に少し驚いた白岡は柔らかく瞳を細めた後利人の手に自分のそれを重ね合わせた。  その熱い温度に、ほっとすると共に何故か少しだけ胸が温かくなった気がした。    *** 「りー兄、ごめんなさい」  夜中に帰宅すると、まだ起きて待っていた伊里乃に今朝の事を謝られた。ただの勘違いと八つ当たりであって、利人に非はないのだと目に涙を溜めて。 「本当に? 本当はずっと俺を責めていたんじゃないのか」 「……? 何の事?」  ほっと安堵した。  頭を傾ぐ伊里乃に、良いんだと言って伊里乃の頭を撫でようと手を伸ばす。  けれど痛む身体につい先程の情事を思い出してぴたりとその手を止めた。 「りー兄?」 「あ、ううん何でもない。ごめん、汗掻いたからシャワー浴びて来る」  本当はいつものように頭を撫でたいし抱き締めたい。身体もホテルでシャワーを浴びて綺麗にしてきた。  それでもむせ返る精液の匂いがまだ身体に沁みついている気がして伊里乃に近づけない。  伊里乃におやすみを言って部屋に戻らせ、自分も自室に戻ろうとした時胃からせり上がる不快感に眉を顰めてトイレに駆け込んだ。どうやら慣れない行為に身体が悲鳴を上げたらしい。 (伊里乃の前で吐かなくて良かった)  あまり体調を崩す事がない為、たまに風邪を拗らせると伊里乃が心配そうな顔をするのを思い出していた。 (本当に、良かった)  吐き気が落ち着くと、ふうと長く息を吐いて口元を緩ませる。  嫌われてなかった。  ずるりとすぐ後ろにある扉に凭れ掛かり座り込む。するとずきずきと臀部から下腹部に掛けて痛みが増し横の壁に寄り掛かった。 「あーもう……」  困ったな、と利人は溜息と共にぼやいた。  そして手首に薄らと残った痕を見つめ、重たい瞼を落とした。

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