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25 しけったクッキー〈1〉

 ぱちん、ぱちんと小気味の良い音が響く。  淡いクリーム色の着物の袖から伸びる腕は白く細く、その手に緩く握られた茎の先には真っ赤な花弁が口を開けるようにして開いている。 「夕さん、集中していませんね。最近落ち着きがないみたい」  椿はくんと花の香りを嗅ぐとちらりと視線を流す。紺に波の模様の入った着物を着た夕は、花を活ける手をぴたりと止め花を持ったまま膝の上に置いた。 「申し訳ありません、家元」 「いいえ。今日はお稽古ではないし構わないけれど」  何かあったのかしら。探るようでいてこちらが否と言えばすぐに引き下がりそうな軽さで椿は言う。  夕はゆるゆると指先で茎をなぞりながら少しの間黙り込むと、遊ぶ手を止め意を決したように口を開く。 「母さんは、雀谷利人さんの事をどう思いますか」 「雀谷さん?」  椿はきょとんと目を丸くして首を傾げる。癖のない髪がさらりと揺れた。  今日の椿は唇に紅を引いておらず、いつにも増して幼さを感じさせる童顔ぶりに我が母ながら人間離れしているなと思った。その唇が、そうねと言葉を紡ぐ。 「とても素敵な方だわ。私、好きよ」  ふわりと微笑む椿を見て、夕は表情を変えずに視線を椿から戻して赤い花を手に取る。 「あの人は、母さんが思っているような人ではないかもしれません」  ぱちん。  静かな空間に鋏の音だけが鋭く響く。 「夕は雀谷さんに何を期待しているのかしら」  その言葉に、ぎくりと息を呑む。  ただ微笑む椿に、夕は何も言い返せない。 (期待……?)  失望したという事は期待していたという事だ。  では、一体自分は彼に何を求めていたのだろう。          *** (だる)  週が明け、また利人と顔を合わせる日が近づいてくる。  今日は平日だが、終業式で午前放課だった為夕はひとり誰もいない家の自室で真昼間から寝転がっていた。 (暑……)  高まる気温に熱が篭る。  スマートフォンが電話の着信を知らせるが、夕は表示された名前を見ると舌打ちをして電源を落とした。先程から何度もメッセージや電話が入っているがその発信先は山下だ。大方遊びの誘いか喧嘩の加勢を求めてのものだろう。  けれど今は彼らに会う気分ではない。それはあの日からずっとだった。  最中にイけなかったのはあれが初めてだ。それは夕にとってかなりショックな事で、何故それ程までに戸惑ってしまったのか自分でも分からない。  苛立ちは募るばかり。  机の引き出しには利人から貰ったクッキーの包みが仕舞ってある。というより、隠したのだ。貰った日の夜少し食べたものの、次の日の夜それを見るのも嫌になり乱暴に引き出しの中に放り込んだのだ。 「もう要らないな」  夕はそれを包みごとゴミ箱の中にぼすんと落とした。ああ、最初からこうすれば良かったのだ。罪悪感に背を向け自嘲気味に唇を緩く曲げる。  そして同じ引き出しの奥に手を差しこめる。握り締めたそれを持って、ばたんと扉を閉めた。  その縁側は屋根の陰になり適度に涼しい風が吹き込む。そこへ腰を下ろした夕は新品の煙草の箱を開封しがさがさと一本だけ白い棒を取り出した。かちりとライターに火を点け煙草の先を近づけると、火が移りじりじりと赤く燃える。  軽く吸い、吐く。紫煙の先をぼんやりと見つめ、夕はほんの少しだけ胸の内が軽くなるのを感じた。 (何か、もう、面倒臭い)  色々な事が面倒で重い。  優等生を演じて『良い子』でいるのも、わざと悪ぶるのも、全部。 「こんなの、楽しい訳ないだろ」  思い出されるのは藍の言葉。彼の言葉が胸の奥で引っ掛かる。 (息が詰まりそうだ)  ガラの悪い連中とつるむ事で息抜きしていた筈なのに、まるで有毒のガスを吸っているかのようだ。一時的に負担を誤魔化す事は出来ても、下手すれば倍になって重くのし掛かってくる。  すべて投げ出したいような、そんな衝動に駆られた。  その時だった。

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