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29 食堂にて
八月冒頭。前期の試験期間も終盤になり、食堂はいつもより活気がなくすっかり落ち着いている。
「サーフィンがやりたい」
つい先程すべての試験を終えたばかりの陽葵は神妙な顔つきでそう口を開いた。隣に座りレポートを書いている羽月は陽葵に目もくれずペンを動かし、向かいに座って本を読んでいた利人だけ顔を上げて陽葵を見やる。
「サーフィン?」
「そ。やっぱ夏と言えば海だよねサーフィンだよね! という事で週末皆で泳ぎに行こうよ、伊里乃も連れてさ!」
陽葵は名案だと言わんばかりにぱぁっと目を輝かせる。
「良いけど、伊里乃に聞いてみないと。いつ?」
「今週末の土曜日がいいな! あ、伊里乃にはさっきメールしたよ。行かないって即答されたけど、先輩も行く事伝えたらそれなら行くって」
イエイ、とピースをつくる陽葵に「準備が良いのね」と隣から呆れた声が上がる。全くだ。しかも最初から行く事にされていた。
そして相変わらず伊里乃は陽葵に対して少々当たりがきつい。陽葵は全く気にしていないようだが。
「土曜か。夜からバイト入ってるからそれまでなら平気。羽月は?」
「行くよ。利人がいるとはいえこの海水浴シーズンに女の子一人で行かせる訳ないじゃない」
決まりだね! と陽葵は上機嫌で手帳を取り出す。それにしても急だ。水着や浮き輪はどこに仕舞っていただろうかと記憶を掘り起こしていると、背後から声が降って来た。
「君達楽しそうだね、遊びの計画かい?」
「あら、白岡先生こんにちは。海に行こうかって話してたんですよ」
羽月が顔を上げて利人の背後に立つ人物に声を掛ける。振り返り見上げると白岡と目が合い、白岡はやあと掌をひらひらと振る。
「いいねえ夏だね。すぐそこの砂浜で?」
「いえ、俺達青山駅の方に住んでるのでそっちの海水浴場に行こうかと」
だよな、と利人が陽葵を見ると陽葵は眼鏡を光らせて頷く。
利人も越智姉弟も大学から電車で十五分程北東へ向かった先に住んでおり、すぐ裏手に海のある西陵大学程海に近い訳ではないが自転車で行ける距離に海水浴場がある。
因みに大学裏の砂浜はサーフィン部がよく使っているが、海水浴場として整った設備はない為一般の人間はあまり来ない。
「そうだ!」
ぱっと陽葵の声が弾けその場にいた全員が陽葵に視線を向ける。
「先生も来ませんか? 当日は雀谷先輩の妹さんも来るんで、良かったら先生の息子さんもご一緒に」
陽葵はにっこにっこと好奇心丸出しで身を乗り出す。息子の顔が見たいという陽葵の下心が利人には見えてしまうだけに、そんなに見たかったのかと苦笑いを零した。
(まあでも、断るだろうな。忙しいだろうし学生の誘いなんてな)
陽葵には今度夕の写真を撮って来てあげよう、そう思っていたら白岡は少し考え込んだ後目を輝かせ「いいね」と口にした。利人の隣に座り、その話詳しく教えてと本格的に会話に混ざる。
「来るんですか」
「え、駄目? 雀谷君ひどーい」
「駄目とは言ってないです。急ですし予定とか……」
うん大丈夫、と白岡は唇を弓なりにして頷く。「空いてるから」という意味ではなく「何とかするから」という意味に見えて恐ろしく、追及するのをやめた。
「息子の他にも一人二人呼んで良いかな? 東陵 大学の准教授をしてる友人がいるんだけどね、もうすぐこっちに来るんだ」
是非と陽葵が頷き、「東陵の」と利人と羽月が興味深げに呟く。
東陵大学は関東にある大学でこの西陵大学の姉妹校だ。西陵大学が農学部や工学部に秀でているのに対し、東陵大学は文学部や法学部に秀でている。
だから文学部に属する利人や羽月が注目するのも当然の事で、中には専門分野の幅が広く質も高い東陵大学に転学する者もいる。院への進学なら尚更だ。
「何を専門にされている方なんですか? 先生のご友人という事は同じ分野なんでしょうか」
「そうだね、大まかには」
羽月の問い掛けに途中まで答えると、白岡は利人の手元の本に視線を留める。
「雀谷君、その本どう? もう読んだ?」
「はい! すごく興味深くて面白かったです」
それは考古学の論文で、来週から始まる集中講義を受けると言ったら白岡が貸してくれた物だ。何でもその特別講師が書いた物らしく、好奇心をくすぐられるとても魅力的な内容だった。
長期休暇中に行われる集中講義は大体他大学の教授が講師を務める。専攻しているのと近い分野だからと取っていただけだったが、その論文を読んで期待はぐんと高まった。
「白岡教授、もしかして教授のご友人って」
「うん。この人」
白岡は三人に見えるようにテーブルの中央にその本を置く。
タイトルの下に記されたその名は、
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