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30 海水浴へ

周藤岳嗣(すどう たけつぐ)、三十九歳独身ヒガシ大で考古学教えてまーす。よろしく学生達」  黒いワゴン車の運転席から降りて来たのは利人達の想像を覆す野性味があって格好の良い男だった。  肩まで伸びた黒い髪に筋肉のしっかりついた逞しい身体。黒いサングラスがよく似合っている。 「周藤先生の論文読みました。すごく面白かったです……! 来週の集中講義も楽しみにしてます!」  目をきらきらと輝かせる利人に周藤はサングラスを外して「本当に?」と驚く。力強さを感じさせる目元が柔らかく細められた。 「君、霞さんのゼミに新しく入ったっていう子でしょ。名前は?」 「雀谷利人です」 「雀谷君ね。俺の論文に興味持ってくれたなんて嬉しいな、これも何かの縁だし後で色々話さない?」 「本当ですか! 是非お願いします」 「はーい後でね。周藤君うちの子口説かないでねー」  はいはーいと白岡が利人と周藤の間に割って入る。利人ははっと我に返り興奮を押し留めた。 「皆、こっちが僕の息子の夕。中学三年生」 「父がいつもお世話になっております。俺まで誘ってくださりありがとうございます」  同じ車から降りた白岡と夕が並び夕はよろしくお願いしますと頭を下げ上品に微笑む。白岡と身長が並んでいる周藤が白岡親子と並ぶと圧巻だ。 「先輩先輩、あの子ほんっとイケメンですね。背高いし大人っぽいしめっちゃモテそう」  陽葵に腕を引っ張られこそこそと耳打ちされた利人は空笑いを浮かべる。陽葵の言う通りなのだが、夕の外面全開の顔なんて最初に夕と会った時以来だろうか。  ばちりと夕と目が合い、手を振ると夕は微笑み軽く会釈する。 (……? 今、睨まれてた?)  目が合った時、冷やかな目を向けられていた気がしたが気のせいだろうか。 「雀谷君、その子が妹さん?」 「あっ、はいそうです。伊里乃、おいで」  白岡に聞かれ、後ろに下がっていた伊里乃を手招きする。 「俺の妹の伊里乃です。どうぞよろしくお願いします」  利人の隣で伊里乃は恥ずかしそうに頭を下げる。 「可愛いねえ、やっぱり兄妹だね。雀谷君と似てる。うちの夕ともよろしくね」 「は、はい。こちらこそ」  わたわたと頭を下げる伊里乃に周囲の空気が和む。やっぱり俺の妹は可愛い。  そしてそれぞれ簡単な自己紹介を終え荷物を抱えるとパラソルを組み立てたりボードを借りに行ったりと準備に取り掛かった。  少し曇りがちではあるが良い具合に日差しが和らぎ今日は絶好の海水浴日和だ。ビーチは賑わい、それぞれ夏の海を楽しんでいる。  陽葵達と共にボードに挑戦していた利人はざぶざぶと海から上がるとパラソルの下でデッキチェアに横たわり寛いでいる霞の顔を覗き込んだ。 「白岡教授、起きてますか?」 「起きてるよ」  目を閉じていた白岡は重たげに瞼を持ち上げる。色素の薄い髪が風になびいてゆらゆらと揺れている。 「すみません、ずっと荷物番させてしまって。泳ぎに行かれますか? 代わりますよ」 「良いよ。僕はもう若くないし周藤君みたいにムキムキでもないからね。ここでのんびりしてるさ」  そう口にする白岡の顔をじっと見て利人は少し首を傾げる。 (……? 何か、疲れてる?)  さっきまではいつも通りだったが、今の白岡には覇気がないように見えた。 「もしかして体調悪いんですか?」  無理をさせているのだろうか。泳ぐのが楽しみという風でもないし、退屈させてはいないだろうか。  心配になり声を掛けると、白岡はきょとんとした後眉を下げ苦笑いを零した。 「違う違う、ちょっと眠いだけだよ。気遣わせて悪いね」  白岡の言葉にほっと胸を撫で下ろす。  また寝てないんですか。史料読んでると時間の経過を忘れるんだよねえ。白岡の横のブルーシートに腰掛け、いつものように話しながら何気なく海を眺める。  波打ち際では羽月と伊里乃が浮き輪を使って楽しそうに遊んでいる。そして左奥の方では周藤や陽葵が交互に波に乗ったり飲まれたりしている。  利人も少し挑戦してみたものの出来るようになるには時間が掛かりそうだった。夕も利人と同じく初挑戦だったが、センスが良いのか早々に乗りこなしていたのだから驚かされる。 「利人さん」  気がつくと海から上がって来たらしく夕が近づいて来る。タオルを渡すと夕はありがとうございますと言って受け取った。  じっと見つめられ何だろうと首を傾げると、夕は表情を変えないまま視線を逸らす。 「利人さん、飲み物でも買いに行きませんか」 「飲み物? あー……、俺はいいかな。自分のまだあるし」  白岡をまた一人残すのも忍びなくて朗らかにそう返すと、夕は一瞬の間の後「そうですか」と微笑みを浮かべる。 「僕は欲しいな、飲み物」  ぽつりと白岡が呟き二人の視線は白岡へと注がれる。 「僕はもう一眠りするから二人で買って来てくれないかな。ゆっくりで良いからさ」 「はあ、分かりました」  利人はパーカーを羽織りよいせと立ち上がる。  ラムネがいいとの要望を受け取り利人と夕はビーチサンダルに足を突っ掛けた。  この海水浴場には海の家や焼きそばなどの露店が何店か並び、道路を越えた奥には水着のまま入れるラウンジや喫茶店の入った休憩施設もある。  露店を目指してさくさく歩いていると、突然ぐいと夕に腕を引かれる。 「何?」 「そこ、危ないです。気を付けて」  足元を見ると割れた瓶が落ちていて破片が飛び散っている。 「悪い、ありがとう」 「……いえ」 (あ、また)  ふいと目を逸らされる。利人は夕の顔を追って覗き込んだ。 「何ですか」 「何ですかじゃないだろ。夕、お前最近変じゃないか? 特に今日。やたら目ぇ逸らすし」 「気のせいでしょう」 「いやいや」  むう、と頬を膨らますと夕は困ったような呆れたような顔をして溜息を吐く。 「本当に何でもないですから。考え過ぎです」 「そうか? あ、そういえば今日来てくれてありがとな。陽葵がお前に会いたがっててさ、イケメンだって言ってた」  男にもモテモテだな、と冗談めかして笑うと夕は怪訝そうな顔をして不快を露わに利人を見る。 「陽葵ってあの女装男ですよね? 実際見たら結構普通の人そうだから安心しましたけど……やっぱりそういう趣味の人なんですか」  軽蔑の表情を浮かべる夕に利人ははっとして違う違うと手を振る。誤解を解いても夕はどこか納得いかない様子で、そんなにショックだったのだろうかと声を掛けようとした時前方を二人の女が立ち塞がった。

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