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31 ナンパ

「こんにちはーっ。あの、もし暇だったら一緒に遊びませんか?」  ビキニタイプの華やかな水着を着た女達が声を弾ませ笑顔を振りまく。女達の熱い視線はちらちらと利人の隣、夕へと注がれた。 「えーっと……」  逆ナンパって奴か。流石は夕といったところか。きゃぴきゃぴした女達を前に圧倒された利人はそんな事を考えながらちらりと夕の顔を伺う。 (俺がいたら邪魔だよな。彼女達の目的は夕っぽいし、夕がその気なら俺はお使い済ませて先に戻った方が良いか……?)  ぐいと夕の腕を掴み屈ませて夕の耳元に手を当てる。 「夕、どうするんだ? 俺……」 「この人達と遊びたいんですか」  潜められた利人の声に夕の声が被さる。  夕の咎めるように棘のある口調に利人は驚いて首を横に振った。 「いや俺じゃなくて、お前はどうなんだって聞いてんの」  夕ははあと溜息を吐いて利人の腕を引き利人と女達の間に立つ。 「すみません、暇じゃないので他を当たってください」  表面上は微笑みを浮かべながらも有無を言わさぬ態度でぴしりと言い放った夕は、利人の腕を掴んだまま強引に引っ張っていく。 「夕、待てよ」  足早に進んでいく夕に腕を引かれ利人も小走りで柔らかい砂浜を踏み締める。露店の近くを通り過ぎても夕の足は止まらず、どこへ行くつもりなのかと利人は戸惑う。 「夕っ! あんま引っ張るなって。痛い」  張り上げられた利人の声にはっとした夕はすみませんと言って手を離す。手首にはくっきりと指の痕が残っていて、それは少しずつ薄くなっていった。  利人はそれを見ながら突然ふふ、と笑い出す。夕は怪訝そうに眉を顰めた。 「俺、逆ナンなんてされたの初めて。いや、実際されたのはお前であって俺じゃないんだけどさ」 「……そんな事ないです。右側の黒髪の人、あの人は明らかに貴方狙いでしたよ」  夕がむすっとする。その顔を見てこれはもしかしてと顎に手を当てる。 「それはないだろうけど、お前本当はちょっと遊びたかった? その子が気になるなら」 「違います」  ぴしゃりと言い放たれ唇をへの字に曲げる。違うのか。 「そういえば夕って彼女は?」 「いませんけど」 「本当に? こんなに格好良いのに。今日見て気づいたけどさ、お前イイ身体してるんだなあ。いや腕もしっかりしてるし引き締まってるとは思ってたけど、腹筋なんて割れてるし」 「ちょっと、利人さん⁈」  興味深げに夕の身体を見て、つうっと腹筋を撫でる。驚く夕に「ちょっと位良いだろ」と唇を尖らせた。  空手をしていたと言っていたからそれでだろうか。太ってはいないが並み程度の筋肉しかついていない利人に比べて夕は痩せているのに適度に筋肉がついていて引き締まっている。  これでも年齢を思うとまだ未発達なのだろうからもう数年経てば更に魅力的な身体つきになっているのかもしれない。 「夕、背高いしきっとこれからもっと格好良くなるな。モデルとか似合いそう」 「もう、あまり触らないでください。からかうのもやめてください」 「からかってなんかないよ? 本当にそう思うし」  貴方はもう、と夕は言い掛けて飲み込む。眉を寄せて俯き、髪を掻き上げるとちらりと利人を見た。 「仕返ししますよ」 「え? ――ひゃ、」  パーカーで隠された利人の腹部に夕の手が伸びた。パーカーの中に滑り込んだ手は利人の腰をすす、と撫でる。思わず出た声に仕掛けた本人も目を丸くした。 「馬鹿、くすぐったいよ」  自分の腰を掴んで笑う利人に夕もふふっと笑う。  ラムネ買いに行くか。うーんと利人が伸びをして、そうですねと夕が頷く。  雲に覆われた太陽が少し顔を出す。天辺にあったそれは傾き始めていた。

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