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32 利人に対する所感

 利人の事をもっと知りたい。  けれどその感情が恋愛感情ではないという確証も欲しい。  よって夕は利人を観察した。やっぱり男はありえないと思える所がある筈なのだ。  そうしてまず見つけたのは目立たない場所にあるほくろ。耳の裏や首筋にあるそれを見ているとついむらむらして齧りつきたいような気持ちになり、いやいやと首を振る。  他には何かあるだろうかと観察を続けると、どうやら彼は疑問に思った時によく首を右に少し傾ける癖がある。まるで小動物みたいで愛嬌がある。  しかし、シスコンらしく妹の事を語らせるとでれでれと緩い顔になるのは難点かもしれない。少しいらっとしたが、身内だし楽しそうだからまあ良しとする。  本人は自分の身長を平均だと言い張っているが、夕にしてみればそれでも低い方だ。それを指摘すると頬を膨らまして白岡家の男が異例なのだと言う。それが何だかちょっと可愛い。賢い癖にたまに抜けている所もそうだ。  利人の笑った顔を見ると自分も嬉しくなる。夕、と名前を呼ばれる度に心地良い気分になる。  こんな調子で、気づけば失望する所かまるでどんどん好きになっていくようだった。  だから海水浴の話を聞いた時、二つ返事でそれを了承した。  海水浴と言えば水着だ。男は半裸になる。  利人の水着姿を見れば問題は解決するのではないだろうか。利人と遊べるし、これは楽しみだと挑んだ当日。  結果、夕は利人を直視出来なかった。  気になって目で追ってしまうのだが、いつも隠されている胸や腹や腰が何故かそこはかとなく淫猥なものに見えるのだ。他の男の身体を見ても何とも思わないのに、利人だけは見てはいけないものを見ている気分になる。  利人は顔も身体もランクで言えば並だ。良く言っても上の下、突き出て顔が良い訳でも悪い訳でもない。身体も貧相ではないし太ってもいないが鍛えられている訳でもない。  なのに妙に気になる。彼の危なっかしさに引き摺られそうになる。  あれか、父さんに抱かれているからよく分からないがそういうフェロモンのようなものが身に付くのか。そう考えて自分で傷ついた。  やっぱり嫌だ。何故あんな人が父と関係を持っているのか理解に苦しむ。  嫌だと思うのはゲイに対する嫌悪感だ。けれど今、それは偏見に加え嫉妬が混ざっている。  ただ利人の事が気に入っているから父に汚されたくないと思っているだけなのか。  男でも女でも、利人が誰かと楽しそうに話していると不安でならない。身勝手に苛立つのはただの嫉妬で、利人が取られたような気分になるのも勝手で幼稚染みているのは分かっている。  けれど分からないのだ。これ程に興味を持った人間なんて利人が初めてだったから、それだけの執着なのかどうか。  なら、何故彼にキスをしてしまったのか。  もし利人が女だったならこんなに悩む事もなかっただろう。夕は決して奥手でも鈍感でもない。利人が女だったら良かったのに、なんて考えている訳ではないけれど。  夕はまだ、この感情がどちらに属するのか見定める事が出来ずにいる。       ***  どうせだから皆の分も買おうと利人が言い出し大量のラムネを抱えて戻ると、いつの間にか皆集まっていて何やら話し合いをしていた。 「何の話をしてるんだ?」 「おかえりなさいりー兄。あのね、ビーチバレーするんだって」  伊里乃に話し掛けた利人は、ビーチバレー? と復唱する。どうやらチーム分けで言い争っているらしい。 「父さん、はいこれ。ラムネ」 「ありがとう夕。ああ、皆の分も買って来てくれたんだ。ありがとう」  丸みのある滑らかなフォルムの青い瓶を受け取った父は、皆にラムネを配っている利人をちらりと見てほくそ笑む。 「雀谷君、周藤君の分もあるの?」 「はい、勿論ありますよ。周藤先生は……まだ海ですか?」  利人はぐるりと周りを見渡し最後に父を見る。そこにはほぼ全員が揃っているが、周藤だけ姿が見えない。  父はちょいちょいと指先を揃えて手招きをして利人を呼んだ。 「周藤君ちょっと体調崩したみたいでね、休憩所で休んでるんだよ。悪いんだけど、様子見がてらそれ持って行ってもらってもいいかな?」  夕はその言葉を聞いてぎょっとした。潜められた父の声は利人と二人の傍にいた夕しか聞こえていない。若者達は砂浜に線を引いてあみだくじをつくるのに夢中だ。 「父さん、それなら俺が行きます」 「いいよ夕、俺行くし夕は皆と遊んでて。折角友達が増えたんだし」  な、と肩を叩かれる。でも、と口を開くと背後の陽葵に声を掛けられた。どうやらくじの催促らしい。 「ほら、行って来いよ。俺も戻ったら混ざるからさ」 「……分かりました。念の為言っておきますけど、身の危険を感じたら殴り飛ばしてでも逃げてくださいね。それか俺に電話してください」 「何の話? とにかく心配するなって。休憩所すぐそこだし、こんな財布も持ってなさそうな格好で絡んでくる奴はいないだろ」  そうじゃないと言い返そうとするも利人はじゃあなと爽やかに手を振って休憩所へと向かってしまう。その背中を夕は不安を覚えながら見送った。 (周藤さんがゲイだって事、利人さんに言っておくべきだったか?)  夕の不安の原因はそこにある。他の人間ならきっと心配に思う事はないのだろうが、同性愛者である周藤となれば話は別だ。彼の恋人遍歴なんて知りたくもないが少なくとも軟派であり合流した時も利人が口説かれそうになっていたのは否めない。  周藤は父と親しい為幼い頃から顔を合わせる機会は度々あったが、夕にゲイへの偏見を植え付けたのは他でもない周藤なので夕は彼があまり好きではない。  けれどまあ、だからと言って心配のし過ぎか。きっと杞憂だろうと自分に言い聞かせながら夕は利人の帰りを待った。

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