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33 罠〈1〉

 やっと決まったチームに分かれ砂浜に線を引いただけのコートでビニールボールを打ち合う。  メンバーを入れ替えてもう一試合。三試合目に入っても利人はまだ帰って来ない。  試合の合間の休憩中、夕は気が気でなかった。スマートフォンは沈黙を守っていて利人からの着信はない。様子を見に行くだけなのに遅過ぎではないだろうかとちらちら休憩所の方角を気にしていると、傍でラムネをゆらゆらと揺らして中のビーズを転がしていた父が唇を開いた。 「周藤君と雀谷君、気になる?」  どきりとした。父を見ると、彼は口元を緩め目を細めてビー玉を眺めている。 「そうですね。周藤さん、お元気そうだったのにどうしたんでしょうね。もう良くなっていると良いんですが」  平静を装ってそう答えると、大丈夫だよと父が答える。 「あれ、仮病だから」 「……はい?」  今、この人は何と言っただろうか。  説明を求めて視線をやると、父はくつくつと楽しそうに笑う。 「周藤君、雀谷君の事気に入ったみたいだね。そうなるような気はしていたけど」 「な……」  言葉を失った。  気に入ったとは、どういう事か。  しかも周藤は仮病なのだと言う。ならそうと分かっていて利人を向かわせたという事は、わざと二人きりにさせたという事だ。  利人とそういう仲である筈の父が、そう誘導した。 「何言っているんですか、父さん。だって貴方は、あの人と……」 「僕が何?」  そこで初めて父の目が夕を捉えた。  言ってしまいそうだった。  俺は、貴方が彼に何をしているのか知っているんだと――言い出し掛けて、ぐっと堪える。 「周藤さん、どうせ本気じゃないんでしょう? 遊びの相手に自分の大事な教え子押しつけて良いんですか。利人さん、『普通』の男性なんでしょう?」  早口になりそうなのを堪えて落ち着いた調子で言う。怒りと焦りが沸々と湧き起こるのを顔に出さないよう腹の下に押さえつける。  けれどそんな夕に、父は飄々と言いのけた。 「雀谷君も満更でもないんじゃない? 彼、周藤先生に懐いているじゃない。憧れの人に求められるのなら本望なんじゃないかな」  カッと頭に血が上った。  拳を握る手に力が入る。 「あの人はそんな人なんかじゃない!」  殴り倒したくなるのを堪え拳を震わせて叫んだ。  そんな人じゃないだなんて、分かったような事を言える程彼を知っている訳ではない。  けれど無性に腹が立って仕方なかった。許せなかった。利人を侮辱する発言に心底父が恨めしかった。  皆の視線が夕へと集まる。夕は気まずそうに顔を顰め、ぎゅっとスマートフォンを握り締めて駆け出した。 「ちょっと留守にします」  不安で不安で堪らない。 (そんな人じゃないって、思いたいのか) 『お掛けになった電話番号は……』 「くそっ、何で繋がらないんだ」  すぐに電話を掛けたが電源が入っていないのか何度掛けても繋がらない。夕はちっと舌打ちをして駆け出す。  走って、走って、走って。  道路を越えた先にある休憩所に入ると広いラウンジが出迎える。日曜の午後だけあって休憩所は混んでいた。肩で息をしながら夕は室内を見渡すがそれらしい人間は見当たらず、喫茶店やレストラン、トイレ、非常階段、目につく場所を探して回る。  それでも利人は見つからず、一旦外に出ようと顔を上げた時休憩所の受付カウンターが目に入った。  小さめの看板に、個室の文字が目に入る。  それはちょっとした個室で食事やカラオケが楽しめるファミリー向けの娯楽室のサービスだった。 「すみません、周藤の連れの者ですが何号室ですか?」 「周藤様ですね。……お連れ様ですか?」  その話は聞いていないと訝しんだ受付の女性が顔を上げる。けれどその反応を見てビンゴだと小さく拳を握った夕は綺麗な微笑みを浮かべてそうですと頷いた。 「後から合流する予定だったんですが、父さんたら伝え忘れていたようですね。困ったな、俺今スマホ持ってなくて……どうしよう」  しゅん、と悲しそうに眉を下げると、受付の女性はぽうっとしていた顔をはっとさせて大丈夫ですよと手を横に振る。 「ご案内致します」 「いいえ、お手間を取らせる訳にはいきませんのでここで結構です。部屋番号を教えてくださいますか? それと寝ているかもしれないのでスペアキーも」  綺麗にそう微笑んで言うと、女性は頬を染めながらスペアキーを夕に手渡す。  鍵に紐で括られているプレートには一〇五の文字。奥まった廊下を突き進むと該当する番号が刻まれた扉を見つけた。  他の部屋の扉を見て思った事だが、この扉には窓がついておらず室内の様子を外から知る事が出来ない。  つまり何でも出来てしまうのだ。不安を煽られながら扉の前に立つ。  耳を澄ますと、声が聞こえた。どちらのものかも何を喋っているのかも分からない。気になって耳を近づけ様子を伺うとその声の様子がおかしい事に気づく。  苦しんでいるような、切羽詰っているような、 「やぁっ、ぁあッ!」  突然鮮明に聞こえたその声に全神経が騒ぐ。  咄嗟にガチャッとドアノブを捻り押し入ろうとするも鍵が掛かっていて開かない。  くそ、と何度目か分からない舌打ちをして荒々しくドアノブに鍵を差し込み捻ると同時に扉を抉じ開けた。  脳裏に浮かんでいたのは周藤に水着を剥ぎ取られ組み敷かれる利人の姿。  後悔していた。利人を一人で行かせるんじゃなかった。二人きりになんてさせるんじゃなかった。  あの人が誰かに乱暴され誰かのものになるなんて嫌だと心の底から思った。  例えそれが利人の了承の上での行為だとしても、やっぱり嫌だった。

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