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35 伊里乃
「あ、いたいた。伊里乃ちゃん」
自動ドアが開きかき氷を持った羽月が休憩所の中へと入る。
羽月の視線の先では、伊里乃がある方向をじっと見ていた。
「どうかした?」
「今、りー兄がいた気がしたんだけど……いなくなっちゃった」
そういえば周藤先生の付き添いしてるんだっけ、と羽月が伊里乃の視線の先を探る。けれどそこには廊下があるだけで誰もいない。
かと思いきや、その先から周藤が現れた。
「おや、女の子達じゃない。買い物?」
「ええ、もう戻るとこですけど。周藤先生はお身体もう大丈夫なんですか?」
「お蔭様でね。軽い熱中症かな、はは」
じゃあ一緒に戻ろうかと出ようとする周藤に、伊里乃は落ち着きなくきょろきょろと視線を彷徨わせた後口を開く。
「りーに……兄は一緒じゃないんですか?」
「ああ、雀谷君? 夕と一緒にさっき出てったけど、入れ違いになったかな」
そうですか、と伊里乃は周藤が出てきた方の廊下をちらりと見やる。
(ユウ……確か、りー兄が勉強教えてる中学生の)
ほんの数秒だったが伊里乃は確かに利人を見た。黒髪の長身の少年に引っ張られていく利人の姿を。
何を話しているのかは分からなかったが口論になっているようだった。心配になって追おうとしたものの、すぐに見失ってしまった為どうなったのかは分からない。
利人に意識を取られていた為相手の顔は見ていないが、夕が休憩所へ向かった事と周藤の証言を思えば十中八九彼で間違いはないだろう。
「伊里乃ちゃん?」
行くよ、と声を掛けられいつの間にか広がっていた羽月と周藤との距離を縮めるべく駆け出す。
もやもや、もやもや。伊里乃の胸中は穏やかではない。
(りー兄が何か下手な事したのかもしれないけど、でもりー兄に酷い事言ったりしたらあの男許さない)
伊里乃は心の中で要注意、危険等の判を夕の顔にべったりと押す。
利人も大概だが伊里乃も相当兄に甘いのであった。
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