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36 自覚*

 開いた窓の外から蝉の鳴き声が聞こえる。  休憩所内の奥まった場所にある洗面所は個室の数が二つ、小便器が一つと全体の面積は小さいが週末でも混む事はあまりない。 その理由は簡単で、客足の少ない場所にあるのと、ラウンジに近い洗面所の方が綺麗で広い為そちらを利用する客が圧倒的に多い為だ。  そんな古めかしい洗面所の扉には清掃中の札が掛かっている。ますます人の出入りが少ないであろうそこは、実のところ清掃は行われていない。  代わりに、二人の会話が静かに忙しなく交わされていた。  奥の個室の中。タイルの床に洋式便器が一つ。本来一人で利用する筈のそこからは二人分の声が漏れている。 「落ち着いてくださいよ、利人さん。いい加減諦めたら良いじゃないですか」  はあ、と溜息がちにそう零すと利人はいやいやいやと首を横に振る。 「この状況で落ち着けるか! こんな、お前っ……も、離せって」  利人が動揺するのも無理はない。今利人は夕と便器に挟まれる形で立っていて、ずらされた水着から勃ちかけの塊が頭を覗かせあろう事か夕に握られているのだから。  水着が地面についてしまわないよう利人は片手でしっかりと水着を掴みもう片方の手で夕の手を剥がそうと奮闘する。  けれど夕の手は二つある。邪魔をしてくる手を払いながら急所をぎゅっと握り込むとひくりと利人の身体が震えた。 「や、やめ」 「手伝ってあげるって言ってるんです。利人さん遅そうだし、ちゃっちゃと出して戻りますよ」 「何だよそれ、そんな急がなくていいだろ……ッ」  ン、と利人の詰まった声が零れる。  夕の眼下には利人の真っ赤な耳。後ろから抱きつくような恰好で立っている夕は握った手を滑らせ上下に梳き始めた。 「う、わ。夕、やめろって」 (熱い……)  カリに引っ掛けるようにして梳いていくとそれはあっという間に質量を広げて熱過ぎる位の熱を夕の掌に伝えた。  ぬち、ぬち。亀頭からカウパーが溢れ滑りが良くなる。 「……利人さんの、可愛いですね」 「何。貶してんの」  桃色でつやつやとした天辺と掌にすっぽりと収まるそれを素直にそう表現すると利人は息を吐きながら悪態をつく。やっと諦めたのか、身体は強張っているがもう殆ど抵抗はない。 「そのままの意味ですよ」  くちゅ、くちゅり。梳くスピードを上げるとまた利人の口から我慢するような息を詰めた声が微かに聞こえた。 「ゆ、夕。も、出るから。やめろ」  吐息混じりの震える声。  ぞくりとした。 「このまま出して良いですよ」 「俺はやなの。も、何だよ。お前の手、気持ち良過ぎ……ッ、はぁっ、もっ……」  ぼちゃちゃ、と精液が便器の中へ落ちる。中に残っている精液をすべて出し切らせるようにして梳くとびくんびくんと利人の身体が震え利人の腰に回した手に伸し掛かった。 「すまん、ありがと……」  夕に支えられながら利人は熱い息を吐く。  脱力した利人の上がった息に蝉の鳴き声が重なる。会話が途切れたせいか、落ち着いたせいか。それは妙に鮮明に聞こえた。 (気持ち、良いって)  夕は深く息を吐いてぽすりと利人の首筋に顔を埋める。  利人の汗ばんだ甘い肌の匂い。肌の熱さ。  一瞬、雨が強くなったみたいに蝉の鳴き声がわっと一斉に響いた。  心が、激しく揺すぶられる。  惹かれる。  悔しい位に、惹きつけられてしまう。 「利人さん、それはずるい。不意打ちだ」 「何がだ。もう俺の事は良いから手、洗って来いよ」  水着を穿き直した利人は夕の手をトイレットペーパーで拭いながらそう口にする。 「……利人さん」 「何」 (こっち見ろ)  至近距離にある利人の目は下へ向けられたまま。 (こっち、向け)  ぎゅうと胸が張り裂けそうだ。  形のない感情が溢れ出る。淡くて、心地良くて、幸せな感情。  それは好きという気持ち以外の何ものでもなくて。  ここまで逃げ回って来たけれどもう観念するしかない。  認めよう。  この人が、どうしようもなく好きなのだと。

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