45 / 195

41 一方その時夕は

 海水浴の翌日、縁側で夕は物思いに耽っていた。 (利人さん可愛かったな)  利人と別れた後何度もトイレや砂浜での利人を思い浮かべては何度脳内で呟いたか分からない言葉をまた呟く。  少し前までの夕ならば男に可愛いも何もないと思うだろう。相手が子供だとか女っぽいのならまだしも、利人はそういう容姿はしていない。ごく普通の、どこにでもいるような男だ。  けれど利人の仕草が、笑顔が、今の夕の目にはこそばゆくも眩しく映る。きゅうと胸が締め付けられて熱くなる。 「会いたい……」  ごろりと寝そべりぽつりと呟く。  正直好きになるとは思っていなかった。  ゲイは嫌いだ。気持ちが悪い。そんな自分がそちら側の人間になる事はあり得ないと思っていた。  だからこそ引き摺られそうになるのを堪えて来たけれど、結局抗いきる事は出来なかった。 (頭ん中が利人さんでいっぱいだ)  好きだと、そう伝えた時それが自分の本当の気持ちなのだと実感した。勢い任せで伝わってもいなかったけれど。 (今頃何してるんだろ)  利人には基本的に週に一度しか会えない。  もしもっと年が近くて同じ学校に通っていたなら毎日顔を見る事だって出来ただろうにとこの年の差を恨むが、それではきっと出会えなかったしもしかしたら好きにもならなかったかもしれない。 「夕、気持ち良さそうだね」  父に声を掛けられ夕は上半身を起こす。着流し姿の白岡の後ろには昨晩家に泊っていった周藤もいて、夕は軽く頭を下げる。  そして利人が出るという集中講義の話を思い出しピンと来た。 「周藤さん、大学で集中講義やるんですよね? 俺、聞きに行っても良いですか?」  周藤は少し目を見開いた後、にっと唇を弓なりにして勿論と口にした。  こうして講義の日程を聞き出した夕は西陵大学に足を踏み入れた。講義室は広く、学生も大分集まり出していたが利人はもう着いていたらしく見つけるのは苦ではなかった。 「夕! 何でお前がここに?」 「ちょっと見学に。おはようございます、利人さん」  苦ではない、が。  何故利人の隣に羽月が座っているのか。夕は眉をぴくりと動かすも微笑みを絶やさない。 (友人とは言っても近過ぎるだろ)  おいおいそんなに親しいなんて聞いてないと言わんばかりに夕は二人の間に座りたい気持ちを堪えて利人の反対側の隣に座る。  通常、例え友人関係にあっても男と女は離れて座りがちだ。男同士女同士で群がるのが自然と言えよう。  こんなに広い講義室で同じ学科の人間だって沢山いるだろうにその中で何故この二人が並んで座らなければならないのか。お互い他に友人はいないのか。いやいるだろう。 (大体この二人ってただの友人なのか? 男女の友人なんて成立するか? 羽月さんが利人さんの事好きな可能性は十分あるじゃないか)  そうなるとライバルだ。気があるのなら何食わぬ顔で利人の隣に座っているのも説明がつく。はっとして羽月をちらりと横目で見ると、凛とした横顔が瞳に映った。 (美人な方だけど、利人さんには似合わないな)  羽月はサバサバしているから付き合い易いのだろう。二人のやり取りを見ていると慣れ親しんでいるように感じたが、そこに色恋じみたものは感じられない。  それによく見てみると、席が隣とはいえ過剰に身体が近かったり余計なスキンシップをしたりしている様子はない。  その事に気づいて夕の中で羽月の好感度が上がった。我が物顔で利人を独占しようものなら友人とて黙ってはいられない。 (大学での利人さんってこういう感じなのか……)  利人は周藤の講義に集中している。真剣にノートを取っている姿は新鮮で、やはりここへ来た価値はあったなと思った。

ともだちにシェアしよう!