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44 メール

 それからというもの昼時に大学へ向かって利人と食事を取り図書館で勉強するのが日課になった。  藍に会った翌日の火曜日も図書館には藍がいた。藍は意外によく喋る。特に良い事があるとその口は緩い。と言っても出てくる内容は紅の事が殆どだ。  同族嫌悪と言うのか、腹が立つ事は間々あるが藍との付き合いは嫌いではない。  その日も夕は勉強が終わった後利人と電車に乗って先に降りる彼を見送った。  タイミングが合う日は途中まで一緒に帰ろう。そう言った彼の言葉は嬉しかったけれど、「まだ明るいとはいえこんな遠くまで中学生一人で危ないし」と付け加えたあたり妙な保護者意識を持っているようだ。  自分より背の高い相手にそれを言うのだから思わず笑ってしまい怒られる。  高身長で大人びている上、少し前まで空手をしていた夕にそんな事を言うのは利人位なものだ。  弟扱いは悔しいけれど、くすぐったくて変な気分だった。それに利人の提案は夕にとってこの上なくありがたいものだ。  それに乗らない理由はなく、それもまた日課になるのだと思っていた。  けれど翌日、変化は突然訪れる。 『ごめん、今日は一緒に帰れない』  その日、講義室から利人が現れない代わりに一通のメールが届いた。  丁度通り掛かった羽月にも同じ事を聞かされ肩を落とす。今日は水曜日だからと意味ありげな事を話す羽月に首を傾げると、羽月の口から告げられた言葉に絶句した。  不安と嫉妬が忍び寄る中スマートフォンを操作する。 『父さんと出掛けるそうですね。他の研究生の方もご一緒ですか?』  そうして返って来たメールを読んで重く目を閉じた。 「嘘位、つけよ」  舌打ち混じりに吐き出された言葉は誰の耳にも届かない。  ――利人、水曜日の放課後はいつも白岡先生とどこか行ってるみたいだよ。  羽月の言葉が頭の中でリフレインする。 『いや、俺だけ。ゼミは関係ないから』  痛い程真正直な利人の言葉を手の中に握り締めた。  嘘を吐かれたらきっと自分は怒るのだろう。けれど、馬鹿みたいに正直に言われるのもきつい。 『父さんとするんですか』  文字を打って、指を止める。 (こんな事聞いたって)  ぐっと顔を顰める。  消そう。そう思って削除ボタンを押そうとした時トンと肩を叩かれ思わず肩が跳ねた。そして指は送信ボタンを押してしまう。 「あっ!」 「え? 何?」  振り返ると周藤が立っていて、夕は唇を噛んで恨みがましく周藤を見る。 「いいえ、何でも」 「何でもないって顔じゃねえだろ……」  利人が周藤に襲われるかもしれないと知った時、身体は勝手に動いた。  けれど相手が父なら話は別だ。  すでに関係の出来ている二人の間に割って入ったってそれは、 (ただの邪魔者なんじゃないのか?)  悔しい。  今すぐにでも駆け出して、父の下から奪ってしまいたい。けれどもし拒まれたら――邪魔しないでくれと言われたらと思うと、足が竦む。  手の中のスマートフォンが震え出しびくりと肩を揺らした。  画面を見るのが怖い。 「夕、スマホ」 「分かってます」  周藤に催促され手に汗を握って届いたメールを開く。  昼には茹だるような暑さだったのに、今は冷え切った風が汗の痕を気持ち悪く撫でた。

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