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47 嫉妬と葛藤〈2〉

 喉まで出掛かった言葉を飲み込んで利人を見つめていると、起き上がった利人にぎゅっと頬を抓られた。 「りひとひゃ」 「脅かすんじゃねえよ、ビビっただろ」  すみません、と緩い発音で口にすると利人はよしと言ってぱっと手を離す。 「夕、俺を心配してくれるんだ?」  利人は眉を下げて困ったように控えめに笑う。  夕は瞠目した後きまり悪く視線を下げると、がしがしと後頭部を掻いた。 「しますよ。利人さんは人が良過ぎる所がありますからね」 「えー、そうかなあ」  もしかして褒められてるのかなと言う利人に問題点ですと告げ、氷が溶けて薄くなった麦茶を飲み干し一息つく。  時計を見ればもうすぐ勉強を始める時間だ。利人もそれに気づきテーブルの上に広げていた雑誌を片付け始める。 「夕、ありがとな」  雑誌を元の場所に戻しながら利人が口を開く。 「俺なら平気だから。それにきっと、そのうち向こうから飽きるよ」 「……そうですか」 (父さんとの関係を自分からやめる気はないんだな)  利人の口振りではそういう事になる。 「利人さんって案外性に淡白なんですね、童貞なのに。キスは好きな人とするべきだとか言うタイプかと思ってました」 「あ、またそういう事言う。淡白っていうか、そりゃ俺が女だったら嫌だろうけど男だし、あの白岡教授だしな。でもキスもその先も好きな人とすべきっていうのはその通りだと思うよ」  それはつまり、父との関係を後悔しているという事なのか。  それともそれは利人の中の一般論であり、父との関係に関してはまた別なのか。  何故だろう。  どこか入り込めない二人の距離感にしくりと胸が痛む。 「夕はまだ中三の癖に手馴れてる感じがするから俺ちょっと心配なんだよな……。女の子は大事にするんだぞ?」 「……好きな人は大事にしますよ」  利人は心底心配だと言いたげな顔をして夕の顔を覗き見る。正直女を大事にしてきたとは言い難い夕の交遊経験を聞いたら卒倒するのではないだろうか。  するとその時、夕のスマートフォンが振動しメールマガジンの受信を知らせて来た。表示される見出しを見て、徐に口を開く。 「利人さん、この前欲しいものでもあるのかって俺に聞きましたよね」 「ん? ああ、そういえば」 「俺、映画観に行きたいんです」  映画、と復唱する利人にこくりと頷く。 「『幸運の狼』でしたっけ、さっき観たいって言ってたマフィアものの洋画。それ観に行きましょうよ。利人さんの奢りで」 「俺の奢りかよー」 「冗談です。誰かと行きたい気分なので付き合ってくれるだけで良いですよ」  笑う利人にそう返すと、利人は手帳を開いて「いいよ」と言った。  「けど、どうしたんだ急に」 「クーポンメールが来たんですよ。それに俺映画観るの好きなんで」 別に映画じゃなくても、利人と行けるならどこでも良かった。  ただ約束が欲しくなったのだ。  プライベートで、利人を独占出来る約束が。  父と利人の近い距離に嫉妬した。 (だっさ。何焦ってんだ)  こんな風に必死になる事なんていつ振りだろう。  女と付き合ってデートをしたり恋人らしい付き合いをした事もあったが、それは相手を喜ばせる為であり満たされた事はなかった。  利人といると実感する。 (やっぱり俺は、この人が好きだ)

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