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51 深夜のボーイズトーク 〈2〉

 こうして談笑は続き、カクテル三杯目に突入していた利人は赤らんだ顔でふわふわと揺れていた。 「あんた酒強くないだろ」 「樹さんは強いんですね、さっきから全然顔色変わってませんもん」  白岡達から離れ小さなテーブル席に移動した利人と樹はそれぞれが頼んだカクテルに口をつける。 「あんた垢抜けないな。今日は俺達がいるからいいけど、こういう場所に一人で来ない方が良い」 「こういう……?」  きょろ、と周囲を見渡す。ああ、と利人は理解してくすりと笑った。 「一人でなんか来ませんよ。こんなお洒落な所、今日だって初めて来たんですから。俺には場違いですって。居酒屋の方がずっと似合いだ」 「……あんた、もしかして分かってないのか?」  利人が首を傾げると、テーブルに見知らぬ男の手がつき誰だろうと顔を上げる。  そこには知らない男が二人、にやにや笑って立っていた。 「なああんた達、俺達と一緒に飲まないか?」   一人は樹の肩に馴れ馴れしく触り甘く囁く。樹はそれをすまし顔で無視して利人を見た。 「だってよ、どうする? 雀谷」 「え……」  店先で知らない人と話して親しくなるのは悪い事ではない。利人の勤める居酒屋でだって別の団体の客同士が親しくしているのを見掛けた事がある。  完全にフランクな人が相手だったなら、利人は頷いたかもしれない。けれどそれにしては目の前の男の態度には邪なものを感じた。流石の利人でもそれが喜ばしい誘いでない事に気づく。  どうしよう――戸惑っていると、背後に気配を感じてびくりとする。 「君、よく見ると可愛い顔してるね。僕タイプだなあ……ね、一緒に飲もうよ」  二の腕を掴まれ息を呑む。男が何を言っているのか理解出来ずはたと硬直した。 「お、俺は可愛くないと思いますけど」 「そんな事ないよ。すごく良い」  そこまで言われてしまうとお世辞があからさま過ぎて萎える。  樹が誰の目にも魅力的に映るのは分かる。樹が声を掛けられるのは納得出来るが、それが自分となると話は別だ。連れだから態々声を掛けてくれたのか、あるいはここに馴染んでいないのが見え透いているからこそ何か悪巧みでも考えているのか。  これは考え過ぎだろうが、そう、例えば薬物とか。 「すみません、俺、この人と飲んでるので」 「いいじゃん、四人で飲めばもっと楽しいよ?」  案外しつこい。困ったな、と樹に目をやると樹は素っ気無い仕草で肩に乗った男の手を振り払う。 「あっちのカウンターに連れがいるんだ。悪いけど帰って、お兄さん達」  樹の視線の先で白岡と周藤が身体を半分こちらへ向けて見ていた。その瞳は男達を牽制するように鋭い。  すると男達は舌打ちをして一言二言捨て台詞を吐くと退散していった。 「教授達の事、保護者だとでも思ったのかな……?」  ちらりと再びカウンターに目をやると、もう安全だと判断したのか白岡と周藤は既に背を向けている。  助かったとほっとする利人に樹は呆れ顔で溜息を吐いた。 「雀谷……。それ本気で言ってる? 馬鹿? あいつらは俺達をネコだと思ったから口説いて来たし岳嗣さん達みたいなスペックの高そうな相手がいると分かったから尻尾巻いて逃げたんだけど」  げんなりする樹に利人はぴしりと顔が固まる。樹の言葉を理解するのに処理速度が追いつかない。  ネコ、はまさか猫ではないだろう。ネコだとかタチだとか、そういう言葉は理解していた。何も白岡にすべてを委ねて任せきっていた訳ではない。利人だって一応それなりに男同士のセックスについて調べたのだ。 「樹さん、ここって、そういう人達が集まる……」 「やっぱりあんたここがゲイバーだって分かってないんだ」  ああ、ここの異様な雰囲気はそういう事かと合点が行く。  樹に対して感じた妙な色気も頷けた。男でも近寄りたくなるのは分かる気がする。 (あれ、じゃあ周藤さんもそっちの人?)  流石白岡と親交が深いだけあるというか、ゲイ向けのAVだなんて特殊なものを持っている訳だ。 「あんた俺と同じ側だと思ったけど、何か違うな。ノンケみたいだ」  どきりとした。 「俺は男を好きになった事はないですよ」  いつの間にか酔いは大分落ち着いていた。  渇いた口でそう言うと、ふうんと樹は曖昧な反応をしてカクテルを啜る。 「好きにならなくてもセックスは出来るけどな」  ぼそりと呟かれた言葉が胸に突き刺さる。 「俺は、別に……」  上手く言葉を紡げない。  樹は椅子に凭れ、グラスを揺らしながらぼんやりと視線を横へ流した。 「環境は十分整ってるじゃん。落ちたら早い。ハマるし、抜け出せなくなる」  低い声が妙な色香を纏って耳に届く。  胸の辺りがざわざわと落ち着かない。テーブルの上のカクテルを飲み干すと、じわりと身体が熱くなった。

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