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64 告白〈1〉
「雀谷君、暫く見ない内に随分夕と仲良くなったみたいだね」
「そう……見えますか?」
僅かに目を見張ると、白岡は嬉しそうに頷いてストローを指先で弄ぶ。
「夕と何かあった?」
探るような白岡の視線にぎくりとする。思わず目を逸らしてしまった。
「あ、一緒に映画に行きました。お祭りも、たまたま会って。だからですかね、こう、距離が縮むと言いますか」
「告白された?」
「へっ」
手元からパックジュースが滑り落ちかこんと音がする。まだ開けていなかったのが幸いして中身は零れずに済んだが、利人のあからさまな反応に白岡はくすくすと可笑しそうに笑った。
「雀谷君、動揺し過ぎでしょ。顔真っ赤」
「しっ、白岡教授……! もう、からかわないでください」
「でも本当なんでしょう?」
ねえ、と見上げられうっと言葉に詰まる。
「どうして……その、」
「分かったかって? そりゃあね、分かるよ。夕の君を見る目は特別なものだ。好きだーって目が言ってる」
まさか本当に告白したとは思わなかったけどね、と白岡は柔らかく目を細める。利人は恥ずかしくて思わず俯いた。
「付き合ってるの?」
「っ、……いえ、実はまだ返事をしていなくて」
そう、と呟いた白岡はストローを咥えてジュースを啜る。利人の手の中のパックジュースは汗を掻いて水滴が浮かんでいた。
「こればっかりは当人同士の問題だから僕が口を挟む事ではないけれど、もし君が夕を好きになってくれるなら僕は君達を応援するよ」
「え……」
白岡の言葉に利人は驚く。
反対されこそすれ、賛成されるなんて思ってもみなかった。
「でも、俺達は男同士で……結婚も、子供をつくる事も出来ません」
夕に告白されてからずっと考えていた。
男同士で付き合うという事がどういう事なのか。
きっと自分が思っている以上に大変なのではないだろうか。堂々と付き合う事はおろか、家庭をつくる事も出来ない。例え愛し合っていても、悩みは尽きないのではないか。
後悔するかもしれない。
やり直したいと思うかもしれない。
自分も、夕も。
夕の気持ちに応えたいと思う一方で、それは彼の未来を壊す事になるのではないかと怖くなるのだ。
夕が大切だと思うから、尚更臆病になってしまう。
戸惑う利人に白岡は困ったように眉を下げ、そうだねと頷く。
「白岡家は本家なのもあって家の存続にはうるさいよ。けれど僕は夕にそれを無理強いするつもりはないし、家を途絶えさせない方法は他にもある。本気で好き合っているならその愛を大事にしなきゃ勿体ないよ。相手が女でも、男でもね」
「男、でも」
そう、と白岡は相槌を打つ。
本気の恋。
まともに恋愛をした事のない利人にとって、それがどんなものなのか想像でしかイメージ出来ない事だ。
多分、それは幸せな事なのだと思う。街中で見かける恋人達は皆嬉しそうだ。
いつか自分も恋をするだろう。そう思うのに、今はまだ誰かを特別に好きになれるのか分からない。
同性相手の場合、それはどこまでが友情でどこからが恋なのだろう。
「僕ね、君に言い忘れていた事があるんだ」
はたと顔を上げると、柔らかく不思議な榛色の双眸に吸い込まれる。何だろうと次の言葉を待っていると、白岡は先程までとはまた違う陰りのある表情を向けた。
「ごめんね」
短く告げられた言葉に目を瞬かせる。
「僕はずっと君に酷い仕打ちをしてきた。君の良心につけ込んで何度も辛い思いをさせたね」
「あ……、いや、でもそれは、俺も同意の事でしたので」
そんな風に謝られたのは初めてで利人は困惑していた。白岡は唇こそ緩く弧を描いているが、その目は笑っていない。
「僕が君を利用していたと言っても、まだそう言っていられるかい? 僕が君を選んだのは、君が僕の愛する人に似ていたからだと言っても?」
白岡の言葉が冷たく突き刺さる。
(愛する人?)
その妙な言い方に、身体の内側がすうと冷える。
「その人は、椿さん、では」
「ないよ。親友だったんだ。一生分の恋をした。もう、この世にはいない」
そう紡ぐ白岡は利人を見ながらもどこか遠くを見ている。その表情は見た事がない位愛情深く、穏やかで悲しそうで。
自分を通してその人を見ているのだと気づいて、胸がしくりと痛んだ。
(何だろう)
胸がざわめく。
息苦しさに眩暈がした。
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