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06 カレイドスコープ〈1〉

 ここのところ眠れない日が続いている。  若い頃にもそういう事は度々あった。そんな時は仲間に声を掛けたり見知らぬ男を誘ったりして一夜を共にしてもらう。依存気味だったのだろうが、誰かの肌に触れて熱を感じていないと生きていられなかった。  夢を見るのだ。太樹の夢を。太樹を殺した日の夢。飛び起きて目が覚めると大量の汗を掻いていて気分は最悪だ。身体の中がどろどろと気持ち悪くて、苦しくて、消えてしまいたくて。だから太樹から逃げるようにセックスに没頭して頭を真っ白にしていた。  そしていつの間にか見なくなっていた太樹の夢は再び霞の枕元に現れた。雀谷利人と出会った日の夜の事だった。  けれどその夢は霞を責めるものではなかった。まだ太樹が生きていた頃、笑顔で騒いでいた頃の情景が浮かんだ。温かくてきらきらと輝く眩しい夢。太樹の顔はぼんやりとおぼろげでよく見えない。  余命を告げられた後もその夢は続いた。幸福な夢である筈なのに、形のない恐怖に震える。背中にそおっと冷気を吹き込まれるような、得体の知れないそれに恐れるように再び眠れない日が増えていった。  悪戯に利人を抱いたのは気紛れであり、腹いせでもあった。けれどそれも慰めにはならない。いざ抱こうとすると太樹が頭の片隅にちらついて集中出来ないのだ。太樹を想いながら別の相手を激しく抱いていた事なんて何度もあるのに、不思議と利人にはそうした抱き方は出来なかった。  キスも、不必要な愛撫もしない。相手にしてみたらただお互いが抜くだけのつまらない行為だ。男同士のセックスをした事のない利人にとっては苦しい行為でしかなかっただろう。  それでも何故か利人を誘うのをやめはしなかった。 おかしな事に利人もまたそれを受け入れる。だから歪なこの関係は中断される事なく続いていた。  日に日に病に蝕まれていく身体。眠れないのは夢のせいだけではない。激痛で何も出来ない日もあった。  こうして苦しんで死んでいくのか。  何て似合いなんだろうと可笑しくて口元が緩んだ。    *** 「霞さん、もしかして痩せました?」  ベッドの中、そう口にした利人に思わずぎくりとした。  元々痩せ型ではあったが、最近はあまり食べる気になれなくて食は細くなっている。服は脱がないし触られてもいないのに、見るからに分かってしまうのだろうかと顔の輪郭をなぞる。  失礼な事を言ってしまったと思ったのか、利人は申し訳なさそうに謝る。何だかそれが可笑しくて悪戯心が芽生えた。 「じゃあ利人君に癒してもらおっかな」  そう言って後ろから利人の身体を抱き締めると、思いの外抱き心地が良い事を知る。温かくて、気持ち良い。  目を瞑るとほっとした。気がつけば眠ってしまっていた自分に驚く。それは僅かな時間ではあったが、こんなにリラックスして眠れたのは久し振りだった。  湯たんぽみたいな子だなあと、その時はそう思うだけだった。老化に加えて病が重なりセックスをするのも億劫になってきている。だから他人の体温を感じるだけで満足するのかもしれない。  実際、次に利人を誘った時はホテルに入っても何もせず眠るだけだった。その日は体調が悪く、元々人を連れ回して夜までなんて体力はありそうになかった。だから今回はなしかなとそう思っていたのに、利人の姿を見たらまた声を掛けてしまっていた。  利人を腕の中に閉じ込めて目を閉じる。心地良くて、不安な事は一切感じずに溶けるように眠りにつく。  太樹の夢は、もう見なくなっていた。

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