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07 撮影見学
「スゲエ。俺こういうの見るの初めてっす」
「俺も。何かもう場違い過ぎて」
次々と鳴るカメラのシャッター音にフラッシュ。その中心ではすらりと脚の長い美女が艶やかな表情を浮かべている。あまりにも綺麗でまるで人形のようだ。
結局見学には同室の達也を呼んだ。初めて達也に会った時は長い金髪と不躾に睨みつけてくる目に正直怖いと思ったが、それは長年培ってきた癖のようなものらしい。話してみると案外親しみやすい青年だ。
「ちょ利人さんあそこ、白取楓! うわーめっちゃ美人ヤバイ」
「白取? 誰?」
「知らないんすか⁈ 最近テレビに引っ張りだこのモデルっすよ。はー顔小っせー」
利人と達也はスタジオの隅で待っているよう夕に言われ、小声で話しながら撮影風景を眺めている。人気モデルの登場に達也は声を抑えながらも興奮気味だ。
言われてみれば、何かで見た事はあったかもしれない。きっと雑誌だろう、普段滅多にテレビを見ないからこういう話題には疎い。そもそもなくてもいいと思っていたからテレビ自体ないのだが。
「あ、いたいた利人君に達也君。ごめんねえバタバタしちゃって。ユウ君、もう少しで来るから座ってて」
やや駆け足でやって来た薫はガチャガチャとパイプ椅子を並べるとどうぞと掌を向ける。
「あっいや、こちらこそお邪魔してすみません。皆さんお忙しいのに」
「いいのいいの構わないで。達也君、何だか久し振りね。元気にしてた?」
「どもっす。薫さんも元気そうすね」
利人から達也へ視線を移した薫は元気よーと拳を握り笑ってみせる。『オータム』の常連である薫は達也とも親しそうだ。
そうして和気藹々と話していると、後ろからトントンと肩を叩かれ顔を上げると夕の顔が目に入った。
「随分楽しそうですね。俺も混ぜてくださいよ」
「夕!」
待ち合わせをした時は綺麗めでシンプルなジャケットスタイルだった夕だが、タンクトップにダメージ加工のあるTシャツを重ね下は裾を捲ったカーキのパンツといった若者らしいカジュアルな格好へと着替えている。髪も緩く巻いているから雰囲気ががらりと変わった。
「……おお、」
「『おお』って利人さん。他に何かないんですか? やっぱり変だったかな」
夕はふわっと揺れる毛先を指に絡める。
言葉がうまく出てこない。
かつて夕と会う時は制服が多く、たまに私服姿を見る事があってもきちんと感のある服を好んでいた印象がある。一昨日も大人っぽい恰好だった。
それが今の夕ときたらまるで今どきの高校生だ。いや最近の高校生がどんな格好をしているのか詳しくは知らないが、とにかく思う事には、
「可愛い! クールな格好も似合うけどユウ君そういうのも良いわね。『年下の彼氏』特集にぴったり!」
頬を両手で包み絶賛する薫に夕が「そうですか?」と自分の身体を見下ろす。
「こういうの仕事でもあんまり着ないから」
「あ、そうっすよね。『クロム』にないっすもんねそういうの。でもすげー良いっすよ」
そわそわと夕に話し掛ける達也に夕はあれと視線を達也へ向ける。
「達也さんでしたね。そんな畏まらず、タメ口で良いですよ。俺の方が年下ですし。達也さんは『クロム』ご存知なんですか?」
「ええっと、じゃあ、うん。――『クロム』の事は知ってるよ。この前会った時もどっかで見た事あるなって思ってたんだ。親友がすげえ『クロム』好きでさ。あ、俺も何着か持ってるけど」
達也の発言に利人は成程それでかと合点がいく。夕の事を説明した時妙に驚いていた上に返事が良かったのはだからなのかもしれない。
撮影が一区切りついたらしく美女が捌け夕の名前が呼ばれる。
「じゃあ行ってきます。適当にしていてください」
「あ、……おう」
しまった。一瞬目が合うも不自然に逸らしてしまった。変に思われたかもしれない。
離れていく夕の気配にほっとしながら顔を上げると、スタッフと話している夕の背中が見える。
どくんどくんと心臓が落ち着かない。
「……くん、利人君」
はっとして顔を上げると、薫がごめんねと掌を合わせる。
「私ちょっと離れるけど、二人共ゆっくりしていってね」
「すみません、ありがとうございます」
利人に続いて達也も頭を下げると、薫は手を振ってスタジオから出ていく。そして間もなく再び撮影が始まった。
フラッシュに包まれる夕を利人はじっと見つめる。
「きらきら……」
「キラキラ?」
無意識に零れた言葉を拾った達也がくりっと首を傾げる。利人は慌てて何でもないと取り繕った。
夕が立つそこだけがまるで別世界だ。
綺麗で、引き込まれる。
すると、撮りながらカメラマンと一言二言話していた夕の視線が突然こちらを向いた。撮られていた時とはまた違う優しい表情につい顔が熱くなる。
「ユウ君、イケメンっすね」
ずるいなあと呟く達也の隣で、カメラへと視線が戻った夕から目を離さないままそうだなと頷く。
「夕は格好良いよ。格好良いけど、」
「けど?」
はあ、と堪らないような気持ちで溜息が漏れる。
「可愛い……」
自分で言っておきながらそのくすぐったさにまた頬が火照る。
そう、可愛い。可愛いのだ。
大人っぽくて澄ましている夕が今日は雰囲気が違っていて、そのせいか顔が近かったり目を合わせたりすると眩しくて妙にどきどきする。これがモデル効果というものなのか。
「大人顔だとか言ってもまだ高校生でしょ? わっかいねえ。僕も戻れるものなら戻りたいものだね」
ねえ、と近くにいる鳥の巣のような頭の男に話し掛けられ利人は目を見開かせた。
癖のある髪はぼさぼさで整えているとは言い難く目元は厚い前髪に埋もれている。服装も所々ほつれていて無精髭の生えているその姿は少なくともモデルではない事は明らかだった。
「あんたらユウの友達だって? これ見る?」
はい、と渡されたファイルを開くと中には写真がみっちりと挿し込まれている。そこでやっと男の首にカメラがぶら下がっている事に気づいた。
写真には知らないモデルも写っていたが、ページを捲っていくとカラーやモノクロの写真の中に学生服のような恰好で佇む夕の姿を見つける。
何だか、懐かしくなった。
ざわめきが聞こえ視線を上げると、カメラが向けられた先では達也が騒いでいたモデルが夕と並んで撮り始めたところだった。
女は楽しげに夕と手を繋いだり腕を組んだりしている。そういえば年下男子がどうのと言っていたか。
夕も肩を揺らして笑っている。
何だろう。
その様があまりに楽しそうで、何も違和感がなくて。
何かが胸に突っ掛かったけれど、それが何かは分からなかった。
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