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09 キスアレルギー〈1〉

 スタジオからの帰り道、ずっと何か言いたげだった達也がようやくその口を開いた。 「大丈夫っすか?」 「え? 何が?」  達也の心配そうな声に利人は首を傾げる。 「いや、休憩の時利人さんの様子が変だったから。何でもないって言ってたけどやっぱ気になるっていうか。ユウ君と何かあったんじゃないっすか?」 「えっ、いや、え、そんなに変だったか……?」  どきりとしてぎこちなく答えると、達也にやっぱりと探るような視線を向けられる。 「何となくっすよ? でもなーんかおかしいと思ったんすよね。二人の空気もちょっと怪しかったし。で、何があったんすか?」  達也にじっと見据えられるとまるで睨まれているようでどきりとするが、勿論達也にそういう意図はない。好奇心で眼光が鋭くなっている達也からつつっと視線を外すもただ目が泳ぐだけだ。  逃がしてくれなさそうな空気に観念して溜息を吐く。 「ちょっと、……その、キスされて」 「キス」  穴があったら入りたい位だ。 「あ! でも、それはからかわれただけで冗談なんだよ。だから大した事ないんだけどびっくりしてさ」 「利人さん、無理は良くないっすよ。どっかその辺で休憩しますか。あ、そこのコンビニでトイレ借ります?」  強がりにしか聞こえていないのか、ぽんと優しく肩を叩かれる。手厚い優しさに穴ひとつじゃ足りない程恥ずかしくなる。 「いい、いい。ほんと気にしてないし無理もしてないから」 「利人さん、我慢は良くないっす。すんません、もっと早く気付けば良かったっすね」  冗談半分なのかと思いきやどうやら本気で心配されているようだ。本当に平気だからと言うと、達也の方が不思議そうに眉を顰めた。 「だって利人さん、男とキスすると死人みたいになるから」 「は?」  何だそれはとお互い目をぱちくりさせる。  そして間を置いて「あっ」と呟いた。    ***        一年前の四月。その日は入寮歓迎会で賑わっていた。  新入寮生である利人と達也は勿論参加していたし、当時執行部だった沙桃と樹も同様だ。  そして歓迎会も佳境を迎える頃、交流の一環として行われたゲームで負けた利人には罰ゲームが用意された。 「じょ、冗談だよな」 「リイ、ごめんね。でもほらちょっとしたお遊びだから」  ひくりと口の端を引き攣らせるも、言葉程悪気のなさそうな沙桃にさあさあと背中を押され皆の視線が集まる場所へと誘導される。 (こんな事なら断れば良かった)  利人が編入生で成人済みだと分かると、寮の先輩達は寄ってたかって酒を勧めた。 あまり得意ではないと主張しても無意味だ。断れば良かったなんて今思っても仕方のない事だし、それにどのみちあれは断れる雰囲気ではなかった。お蔭で足元が覚束ない。  ステージ代わりの開けた場所に連れて行かれると共に罰を受ける一年生が困り顔で出てくる。  そうして始まるキスコール。  早くやれだの濃厚な奴行けだの無慈悲な野次が飛ぶ。頭が痛いのはそのせいか酒のせいか。  しかもじゃんけんにも負けた利人はする方だ。されるのも嫌な事に変わりはないのだが。 「悪い、俺酒臭いわ」 「いや、俺もさっきにんにく料理食べたんでにんにく臭かったらすみません」  お互い気まずい。酔っ払ってる男とキスする羽目になるなんてこいつもついてないなと思った。  早く早くと誰かに肩を押され顔が近づく。 (あれ、こういう時ってどうすれば良いんだっけ。目って開けんの? 閉じんの? 手はどうするんだ?)  迷った後右手で相手の肩を掴む。いよいよな空気になり心の中で青年に謝った。もう何とでもなれと顔を近づけ――唇が近くなると、相手の息遣いを感じた。  ぞくりと這い上がる嫌悪感。アルコールに思考を麻痺されても全身が拒む。  完全に硬直した利人にブーイングが飛んだ。何とかしなければ、そう思うのに身体が動かない。 すると見るに見かねて青年が動いた。しっかりと唇が触れ場は大いに盛り上がる。  そして利人はと言うとせり上がる吐き気に耐え切れずトイレに駆け込んで吐いた。以来その青年と顔を合わせると気まずくなるのは言うまでもない。

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