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11 キスアレルギー〈3〉
「帰ってドア開けたら利人さんと雉子島さんがキスしてるんすもんもうびっくりしたの何のって。見ちゃいけないとこ見ちゃったのかと思ってビビったんすから。篠原さんもいたからまだ良かったっすけど」
「ハハ、俺は全然良くないんだけどな」
寮に着き靴をスリッパに履き変える。
キスが上手いと称された通り、樹のキスはすごかった。何が何だかよく分からなかったが。
けれどされてみての感想はと言うと、やはり『不快』の一言に尽きた。
沙桃曰く真っ赤になった顔は見る間に真っ青に変わったと。吐きはしなかったが、それでも嫌悪感が当分抜けず暫くベッドで横になったのを覚えている。
結局したくもない実験は誰の得にもならず失敗に終わったのだ。否、沙桃だけは最後まで楽しそうではあったが。
雀谷利人はキスが嫌い――それが彼らが出したとりあえずの結論だった。
好きな人が相手ではないからなのでは、という至極当たり前の意見も出たがそれは意味をなさない。
(それなら夕はどうなる?)
夕には、戸惑いはしても不快だと思った事はない。恐らく、一度だって。
「あ、篠原さんだ」
二階にある自室へ戻ろうと階段を上ると沙桃の姿を見つける。達也の声で気づいた沙桃は振り返りやあと手を上げた。
「おかえり。撮影は楽しかった?」
「見学っすよ。それが面白い事が起きて」
「おい、達也!」
何を言い出そうとしているのかは容易に想像がつく。止めようとするも、慌てる利人の態度に沙桃が食いついてしまった。
「達也、何?」
ふふ、と笑みを添えて。
そして聞くや否や、沙桃と樹の部屋へ招待と言う名の連行をされるのだった。
「解せない」
脚を組み椅子にどかりと座った樹は苛立ちを隠す事なくむすりと顔を顰める。
「何で俺は駄目で夕は平気なんだ。ええ?」
「さ、さあ……?」
「さあ⁈」
「いっくん落ち着いて、リイが怖がってるよ」
樹にぎろりと睨み上げられ身体が縮こまる。横暴だ。
達也は見た目や癖で怖がられたり要らぬ反感を買ったりする事が多いが、樹の方が余程狂暴なのではないだろうか。
利人はすすす、とそっと後ずさり樹と距離を取る。
「利人さん、ユウ君とは仲良いんすか?」
「……前はよく交流はしてた、けど。何で?」
利人が首を傾げると、達也は少しの間考える素振りをして薄い口を開く。
「『友達』でもそれが許せる相手と許せない相手がいると思うんすよね。こいつならまあいっか、って思える奴っているじゃないっすか」
「……そうか?」
うーん、と首を傾げる。
そういうものだろうか。考えた事もなかった。
「ハッ。自分の事かよ」
「ゲイの始まりだねえ」
嘲笑する樹と樹を後ろから抱えるようにくっついて微笑む沙桃。
達也は親友と友人以上の付き合いがあるらしい。恋人なのかと聞くと笑って否定されるから沙桃と樹のように付き合ってはいないようだが、実は相手の方はというと達也に好意を抱いている。紹介された時にこっそり「俺のだから」と牽制され驚かされたものだ。その事を達也は知らないが。
人にはそれぞれの付き合い方がある。
一概に何が正しくて何が間違っているなんて言えないし、そう決めつける権利もない。
(夕には『まあいっか』って思ってたのか?)
初めてされたキスは悪戯で、言わば犬や猫に噛まれるようなものだ。
じゃあ、後は?
蝉の鳴き声の響く海辺。大きな花火が上がった夜空。吹き荒れる嵐。冬の凪いだ海。
『――利人さん』
二人きりのエレベーター。
(何だ?)
じわりと胸の奥がもどかしい。
「利人さん?」
びく、と肩が跳ねる。顔を上げると、達也が訝しげに眉を顰めていた。
「な、何」
咽喉が乾く。
「いや、ぼーっとしてるから」
そんな事ないよ、と返す声は咽喉が攣って僅かにぎこちない。
(そうだ、あの一年生はともかく樹さんにしたって付き合いは浅かったじゃないか。夕とはよく会ってたし、何度もキスしたから変に慣れてしまったんだ。だから、)
そう考えて掌で額を押さえる。『何度もキス』ってなんだ。
それに、それなら夕と状況の似ている親しい後輩である陽葵や達也としても平気という事になる。
(いや、何考えてんだ俺。落ち着け。ちょっと考えるの止そう)
どく、どく、どく、どく。
やけに心臓の音が大きく聞こえた。
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