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13 アフターファイブ〈2〉

 そうだ、と突然声を上げる楓に夕と那智の視線が集まった。 「あたし達明後日渋谷に行く予定なんだけど良かったらユウもどう? あまり遊べなかったんじゃない?」 「それはそうですけど……明後日ですか」  仕事が目的なのだから当然なのだが、折角東京まで来たのだから遊んで行けという意味なのか。  明後日は午前まで仕事で帰りの時間は特に決めていない為羽を伸ばす時間はある。 けれどそこを今埋めてしまうのは憚られた。それに楓はその気でも那智の方は違うように見える。 「すみません、その日はちょっと予定があるので。二人の邪魔をするのも悪いですし」 「俺は構わねえよ。でも予定があるならしょうがねえな」  夕の言葉にぴくりと眉を動かした那智はしれっと残念そうな口振りで言う。全くそんな様子はないが。 「そうよ、全然邪魔なんかじゃないよ。でもそっかー、予定かあ。彼女だったりして」  首をこてんと傾げてほくそ笑む楓に夕はふっと苦笑いを零す。 「彼女なんていないですよ」 「本当かなー? 那智なんて彼女いる癖にフリーだとか言って浮気するけどね」 「嫌味な言い方だな。誘われたら応えないとその子が可哀想だろ? それだけ」  うわあ、と楓が引く。ユウはこうなっちゃ駄目だからねと諭され、静かに微笑んだ。那智とは少し違うけれど、夕も真摯に女性と付き合っていたとは言い難い。  数年前までそれは腹の下に渦巻くどろどろとしたものを一時的に忘れる為だけの行為でしかなく、恋人という存在はひとつのステータスである事以外面倒でしかなかった。  けれど利人に会って、本来の自分が狂わされた。  事態を冷静に分析し最良の選択を選び取れていたのに、それが出来なくなる。  戸惑い。落胆。期待。幸福感。 それが『恋』なのだと知った。 「知人に会いに行くんです」  とっくに心は決まっている。  唇から滑り出るそれは、何も愛や恋を表した訳でもないのに甘酸っぱく胸に響いた。 「それってこの前の撮影に来てた男の人?」 「何、ユウこっちに知り合いなんていたんだ」  楓の言葉にはっとして顔を上げると、那智もまたスマートフォンを弄る手を止めて意外そうな顔をする。 「驚く事ですか」 「いやー、だってお前いつも一人だしさ。どこ住みだっけ? 富山? から来てんでしょ?」 「新潟です」  ユウ君超絶クールだからさと那智は特に悪びれずサラダを突く。それ分かる、と楓が続いた。 (そんな印象か)  確かに他のモデルとはプライベートで会ったりはしていない。仕事が円滑に進むよう会話はするが、余分な交流は削ぎ落としている。  以前は相手にイメージの良い自分を刻みつける為の行動を進んで取っていた。それは教師などの大人のみならず、クラスメイトや両親に対してもそうだ。  それが変わったのは利人と出会ったからだろうか。それとも、利人がいなくなったからだろうか。  息を吸うのが楽になったのは確かで。それでも、体内に取り込む空気はどこか寂しかった。 「で、『知人』ってどんな人? 『友達』じゃないんだ」 「それがあたしもうびっくりして! 金髪ですごい目つき悪……鋭いよね! 偏見じゃないけど意外っていうか」 「楓さんそっちじゃないです」  どうやら楓は達也の方を認識していたらしい。えー、と言う楓に簡単に利人の容姿を説明するもあまりぴんと来ていないようで、そういえばいたかもとぼんやりとした反応が返るだけだった。  対する那智は薄い目をぱちりと開いてああと唇を弓なりに曲げる。 「覗き魔君な」  面白がるようなその言葉に夕はぴくりと眉を動かす。  何それと興味を示す楓に那智は何でもないとにやにや意味深な笑みを浮かべた。 「那智さん、ああいうのは困るので次からは場所を弁えてくださいよ」  苛立ちを抑えつつ薄く微笑むと、那智はじろじろと夕を見つめてそうだなあと頬杖を突く。 「でもユウ、そう言って別に困る程俺に興味なくね?」  那智を狐のようだと称したが、その性格もまた案外的外れではなさそうだ。 「そんな事ないですよ」  実際、害になっている。 (嫌な男だ)

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