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24 電話

『院試説明会って日程とか試験内容が公開されるんですか?』  「そう。その後個別で面談して終わり」  へえ、と夕の声がスマートフォン越しに届く。  説明会とその後の講義を終えると、その日はもう予定がない為ゆっくりと過ごした夜だった。図書館で資料を探し寮に帰ると豚丼をつくって食べ、風呂に入ってレポートを書く。 夕から電話が来たのは十時位だろうか。塾から帰ったところらしく、話題は互いの進路の話になる。 「夕は文系のクラスなんだっけ。進みたい大学とか学部とかってもう目星ついてんの?」 『一応それ位なら。けどまだまだ検討中って感じですね。なりたい職業が決まってる訳でもないですし』  高二の春じゃそんなものだよなと頷いてぎしりと椅子に凭れ掛かる。机の上には資料となる本やコピーの束が山積みされ、制作途中のレポートが表示されていたノートパソコンは現在スリープモードに入っている。 「大学受験か。良いなあ」 『え?』  思わずぽろりと独り言が零れ、利人ははっとしてがたりと椅子に座り直す。 「いや、ごめん何でもない。忘れて」 『受験が羨ましいなんて利人さんて変わってますね。そんなに勉強好きなんだ?』  耳元にくすくすと悪戯っぽい笑い声が聞こえ恥ずかしさに顔を歪める。良いなあなんて嫌みも良いとこだ。 「ごめん、言葉が足りなかった。これから大学生になるっていうのがちょっと羨ましかっただけ。受験勉強なんて好きな訳ないだろ」 『そうですか。でも、本読んだり研究したりするのは好きですよね』  当たり前のようにそう言われて、ふと同期や周藤の言葉が頭を過ぎる。  同期の研究生にも周藤にも院に進むものだと思われていた。それは他人の目には余程自分が研究熱心に映っているという事で。  大学で直接関わっている人間だけではなく、大学生としての利人をあまり知らない筈の夕にさえ見透かされているというのはどういう事か。 「どうしてそう思う? 人並みじゃないか?」  普段なら素直に頷いて終わったかもしれない夕の言葉がやけに耳に残る。  どくん、どくんと心臓がぎこちなく鼓動する。緊張する。 『何言ってるんですか。大学の講義の話とか研究でどこに行った何をしたっていつも楽しそうに話してたのは利人さんじゃないですか。好きじゃなきゃそういう話題すらしないですよ、普通』 「えっ、俺変だった? ごめん、専門的な話なんてつまんないよな」  楽しそうに見えていたのか、と。確かに思い返すと夕との会話の中でバイトや私生活の話をする事もあるが大学に関する話もよくしていた。夕が聞き上手なものだからついつい夢中になって話し込んでしまうのだ。 『そんな事言ってないでしょう。利人さんのそういう熱心で真面目なところ、俺は好きですよ。もっと色々な話聞かせてください。俺、今すっごく楽しくて』  好意を剥き出しにした言葉に思わずどきりとする。高揚した夕の声は明るく、じわりと胸元が温かくなるのを感じた。 「楽しいって?」 『はい。だって俺達、こういう何気ない話とかあまりした事なかったじゃないですか。俺は電話やメール自体特定の誰かと頻繁にやり取りする事も滅多にないし。だから毎日のように利人さんとその日に感じた楽しかった事や些細な出来事なんかを共有出来るのが楽しくって』 「夕……」  可愛い。  何て可愛い事を言ってくれるのだろう、この男子高校生は。きゅんと来たじゃないか。  あまりにも夕の発言が眩しくて利人はぐっと眉間を指で押さえた。 「夕、お前……友達いないんだな」 『ちょっ、酷いな! プライベートであまり電話とかしないだけです』 「ごめん嘘、嘘。夕は良い子だなあ。俺を励ますのが上手な」 『利人さんこそでしょ。それに疎さも相変わらずというか』  ぼそりと呟かれた言葉に「何?」と首を傾げるも夕は「いえいえ」と会話を切る。  そんな擽られるような話をしていたから気が緩んでいた。 『それで、利人さんは何に悩んでいるんですか?』 柔らかい声音そのままに自然に紡がれる夕の言葉に息を呑む。  渇いた喉が引き攣って声を出すのが数秒遅れた。 「どうして」 『分かりますよ。何だか元気ないですし、変な事言うから。進路の事ですか?』  そんなに声に出ていただろうか。  いつも通り振る舞っていたつもりなのに、どうして分かってしまうのだろう。  どうして、ちょっとほっとしているのだろう。

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