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37 狂おしい程の、

 再び静かになった部屋の中で夕は利人の顔をじっと見下ろしていた。那智の言葉が頭の中に蘇る。 『ただお前は利人君を独り占めしたいだけじゃねえか』  那智の言う通りだ。  利人を助けたいのは本心。仕事中である畑山の手を煩わせるより自分が動いた方が良いと思ったのも本心。  けれどそんなものは本当の本音の前では建前に過ぎない。『自分の手で』助けたいと思うこれはエゴ以外の何物でもないのだろう。  貸しをつくる為、とか。以前の自分ならそう考えたかもしれない。いや、今でも変わらないか。そうやって恩を売って好感度が上がればいつか利人はこの気持ちに寄り添う気になってくれるかもしれない。  けれど利人が倒れた時そんな事は考えていられなくて、ただひたすら怖かった。この人が死んでしまったら――そんな事、考えるだけで恐ろしいのに。  そして次の瞬間には別の事を考える。  思い出す。冬の早朝、いつもとは違う目覚め。遠くで話し声が聞こえて、玄関へ向かうと母と周藤と安らかに眠る父の姿。  利人まで父の後を追ってしまうのかと。そんな事が頭を過ぎってしまって、許さないと思った。そんな事はさせないと。  頭が、おかしいのかもしれない。  利人が好きだ。自分でも不思議な程彼を求めてしまう。欲してしまう。  なのにどうしてだろう。利人がこんなに苦しんでいるのに、何が何でも守りたいと思うのに、こんな時にまで亡霊に嫉妬してしまう自分があまりに自分勝手で嫌になる。  利人の事がこんなに好きなのに、好きだから、きっともう自分のいない彼の幸せは願えない。  再会して連絡を取り合っていると、抑え込んでいた気持ちが解放されて利人を好きな気持ちはどんどん膨らんでいった。  好きで好きで堪らなくて、いっそ閉じ込めて自分だけのものにしたくて。 『利人君も可哀想にな、ユウみたいな重い男に好かれちまって』  この強過ぎる愛は利人を押し潰してしまうのだろうか。また傷つけてしまうのだろうか。  あの日のように。 (苦しい)  好き過ぎて苦しい。  利人のすべてが欲しい。  その視線、唇、心、身体、すべて。  夕は解熱剤を口に含むとペットボトルの蓋を開けて水を煽る。  そして利人の唇を指先でゆっくりとなぞると頬を指で挟んで唇を開かせた。 「ん……」  汗ばんだ利人の上擦った声を聞きながら唇をそっと合わせる。 「ン、……んぅ」  夕の唇から移された錠剤と水は利人の口の中へと渡りごくりと喉元を通っていく。  利人の口の中は熱く、名残を惜しむように利人の唇のほんの内側を舌でなぞり軽く食む。  ふるりと震える利人に夕は愉悦の眼差しを浮かべそっと唇を離した。繋ぐ銀糸がぷつりと切れるとその名残を舌で舐め取り、目を覚ます気配のない利人の顔を見下ろす。  この心と身体全部で利人を愛してみたい。思い切り甘く、優しく、この想いをその身体に刻み付けたい。  欲望の獣は重い鎖に縛られ今か今かと涎を垂らして好機を伺っている。  けれどその鎖だって、少しの弾みで脆く崩れてしまう事をこの卑しい心はよく知っていた。  四角く切り取られた小さな夜空には、白い絹を纏うかのような朧月がぽっかりと浮かんでいる。

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