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39 夢、暴かれる〈2〉

「悪いけど、僕は君の心の闇を無視なんてしてあげないよ。利人君のここの一番奥、誰にも触られたくない場所を抉じ開けて滅茶苦茶にする為に僕は来たんだから」  とん、と胸の中心に手を置かれてひくりと喉が引き攣った。ぞくりと背筋が震える。まるで金縛りに遭ったように身体はびくりとも動かない。  辛うじてゆるゆると首を横に振り拒絶の表情を浮かべてもそんなものは何の効果も持たない。 「利人君、君は夕に犯されたいと思ってるんだよね。罰されたいと」  心臓が止まるかと思った。  白岡の声で告げられるそれに打ちのめされる。  違う、とそう言いたいのにそれを口にするにはあまりにも白々しくて利人はただ顔を歪めた。  この男の前では自分を庇う言葉は何の意味もない。  まるで処刑台にでも立っているようだった。 「お、れは」  喉を震わせる利人に白岡は残酷な程穏やかな瞳を向けてくる。  逃げられない。  この男はその眼差しだけで利人の僅かな希望さえ砕く。 「俺……俺は、夕になら、何をされてもいい。罵られても、殴られても、夕がそれで気が晴れるならいくらでも構わないんです。なのに……」 「利人君の中の夕はいつも君を抱く? 責めながら? ――でも、それで感じてるんじゃそれはもう罰でも何でもない。ただのプレイだね」  カッと顔が赤くなる。分かっているのだ。自分がどんなに醜く滑稽な人間かなんて。  こんな自分は夕の友人に相応しくないととっくに知っている。 「勘違いしないでおくれよ。何も君を責めてるんじゃないんだ。君は自分を卑下するけど、男なんてそんなものだよ。性欲は三大欲求のひとつってね」  今までが不健康な位だよと慰めの言葉を掛けられても利人の表情は晴れない。そう易々と割り切れる程利人は器用ではなかった。  だから頑なに自分を許せない。 「それに君は女役を経験しているんだから、性の快楽をそっちに求めてしまうのは何も可笑しな事じゃないし勿論悪い事でもない」  痛いところを突かれ唇を噛みしめた。それは白岡と関係があった頃からずっと気にしていた事だ。  あの頃利人は白岡の性処理の相手をただ義務的にこなす事で『男』である自分を保っていた。例え身体を貫かれても痛いだけなら耐えられたのだ。  白岡にそれを破られた時に感じたのは莫大な恐怖だった。自分が自分でなくなってしまいそうな、底なしの不安。  けれどそれよりも強く記憶に焼きつくのは夕を裏切ってしまった事だった。吹き荒れる嵐の中濃く鮮明に身体に刻まれた夕の熱と悲しみはいつまでも利人の心を縛りつける。  疲れ果て精神を摩耗すると夕の幻が近づいて来るのだ。そして思い出す。夕の掌の感触を、息遣いを、合わさる肌の熱さを。  幻は利人の身体を乱暴に辱めた。本人すら気づかない心の奥深く、閉ざされたそこで利人がそれを求めていたからだ。夕に与えられる罰を。  けれど渇いた身体は無意識に快楽を追い求める。  利人はもう、ただ罰を求めているのか快楽の為に夕を利用しているのか分からなくなっていた。  夕と再会しこうして関係を修復させた今、気持ちは少し軽くなったけれどそれでも夕の幻は消えない。 「それにしても悔しいな。僕とは何度もシたっていうのに君のお相手が夕だなんてさ」 「……っあれはただの処理だったじゃないですか」 「まあね。でも、君が心を開いていたら別の形になっていたかもしれないよ?」  ねえ、と太腿を撫でられびくりと跳ねた。 (別の形?)  それは、一体何を指すと言うのか。  例えば、ただの教授と学生の関係に戻っていた? それとも――もっと早く、この人を好きになった? その恋が実る未来でもあったというのか?  気がつくと触れそうな程唇が近づいていて咄嗟に手で白岡の口元を押さえた。 「何だい? キスしてあげなかった事、根に持っていた癖に」 「根に持ってなんかいませんし、求めてません。言い掛かりはやめてください」  へえ、と白岡は目を細め利人の指をぺろりと舐める。利人はぎゅっと眉間に皺を寄せた。 「やめ……」 「これは夢だ。誰にも咎められやしない。――だからさ、僕と今度こそ気持ちイイ事しよう?」  しゅる、とシャツをたくし上げられ腹の上を白岡の掌がなぞる。利人はびくりと震えてその手を払い除けるとソファから転がり落ちるようにして白岡から離れた。 「冗談は、よしてください」 「冗談なんかじゃないさ。けどそんなに全力で拒まれると傷つくなあ。前は従順で可愛かったのに」  足を掴まれ体重を掛けて伸し掛かられる。逃げ出そうと身体を捩るも手足を押さえつけられ叶わない。 「君の望むままに抱いてあげる。恋人のように愛を囁きながら優しく抱いてあげようか? それとも夕の代わりに君を虐めてあげようか」  さあ選びなよ、と耳元で囁かれその唇はそのまま利人の首筋に押し当てられる。同時に身体を弄られ顔を顰めた。 (どうしてこんな事に)  触れられた場所がぞくぞくする。それは利人が思った以上に不快で居心地の悪いものだった。 「きょ……っ嫌です、教授、待ってください!」 「素直になりなよ。そうすれば自分の心だって見えてくる」 「知りたいんですよね、利人さん」  ぽた、と水滴が頬に落ちる。  暗い部屋の中、窓の外では雨が激しく吹き荒れぴかりと雷が光る。  一瞬の光に照らされ浮かび上がるのは大人っぽい顔立ちの中に幼さの残る夕の姿だった。湿った黒髪からはぽたりぽたりと水滴が落ちる。  夕の部屋。彼の身体の下でベッドに縫いつけられた利人はあの嵐の日に還っていた。

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