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40 夢、暴かれる〈3〉

「利人さん」  耳元に唇を寄せられひくりと肌が粟立つ。あまりにも生々しい低い声と吐息に心臓が強く脈打った。 「ど、して……」  夢だという事を忘れてしまいそうな程その光景はあまりにもリアルで、あの日を精巧に再現したかのようなそれに利人は声を震わせた。 「簡単だよ。君のトラウマを呼び起こす位造作もない。ここは君の意識の中なんだから」  白岡の言葉が冷たく降り注ぐ。ベッドサイドに現れた白岡はいつものように微笑みを浮かべながら利人を見下ろすが、暗い部屋の中浮かぶそれは一層利人の不安を煽った。 「……っあ!」  胸に痛みが走り視線を戻せば、利人の胸の突起を摘まんだ夕が面白くなさそうに目を細めてこちらを見ている。 「よそ見しないでください。利人さんは俺だけ見ていれば良いんです」  ちらりと一瞬視線を上へ向けるが白岡の姿は消えていた。  摘まんだそれを指先で捏ねられびくりと身体が震える。ぴりぴりとした甘い痺れが肌の上を伝って広がっていった。  そして夕の唇の隙間から舌が伸び刺激を与えられて尖った胸の先にぬるりと纏わりつく。じう、と音を立てて吸いつかれると強い刺激に身体が仰け反った。 「可愛い、利人さん」  ふ、と夕の唇が弓なりに曲がる。利人はカッと頬を上気させ溢れる羞恥に唇を噛んだ。  夕はひとつひとつ丁寧に利人の身体に口づけを落としていく。唇が触れ、軽く肌を吸われる度に利人はもどかしくも困惑と疑問で頭が一杯だった。 「夕が相手だと本当に抵抗しないんだね」  白岡の声だけが頭の中に響く。  当たり前のように合わさる唇にも利人は抵抗しない。出来ない。 (また夕を拒むなんて、そんな事出来る訳ない)  滑り込む舌に唇の内側をなぞられる。心地良さに酔い身体は熱くなっていった。しかし同時に戸惑いが膨れ上がっていく。  胸が苦しい。 「ゆ、夕……」  は、と熱い吐息が零れる。声も肌も震えている。  苦しくて苦しくて、心臓が張り裂けそうだ。 「優しくなんかするな」  そう零して視界に涙が滲んだ。拒絶するようにきゅっと目を閉じるとぽろりと涙の粒が零れ落ちる。  こんなのは求めてない。望んでない。  どうして酷くしてくれないのか。  どうして、こんな虚しい夢を見させるのか。 「利人君、君は本当に不器用な子だね。身体はこんなにも素直なのに心だけが置いてけぼりだ」  白岡の呆れたような声が聞こえる。  何の事だ、と薄く瞳を開けると白岡がベッドに肘を乗せて利人と近い目線で首を傾けていた。 「ねえ、利人君。夕は許すのに僕を拒むのっておかしいと思わない? だって君――僕の事、好きだったんでしょう?」  その言葉は鋭い矢となって利人の心臓を突き刺す。  ぎしりとベッドが軋む。白岡の手が利人の顎を捕らえ瞳が近づいた。 「キスもセックスも夕だけが許されるって、それってさ。それはもう――」  白岡の唇は動いているのに最後の言葉が聞き取れない。靄が掛かったように急に音が遠のいた。  そしてどんと胸を強く押されると身体がぱっくりと開いた闇の中に突き落とされる。  ――落ちる。 「もっと我儘になりなさい。きっと君はこれから本当の恋が出来るから。僕の事なんてさっさと忘れてしまえ」  柔らかな白岡の言葉にぎゅうと胸が締めつけられた。  白岡の姿はどんどん小さくなっていく。 (白岡教授。どうして、何で)  真っ逆さまに落ちていく中、利人は懸命に腕を伸ばした。  また勝手に行ってしまうのか。いつもそうだ。一方的で自分勝手で――それでも、憎む事は出来ない。 「霞さん!」  凛としたその声は音のない闇の中でよく響く。遠く白岡の目が僅かに見開かれた。 「俺は貴方の事を後悔なんてしない。――絶対に忘れたりなんかしませんから」  後悔するという事は拒絶するという事だ。  そんな悲しいだけの過去にはしたくはない。  はっきりと、白岡の下に届くよう声を張り上げた。そうして挑発的に微笑む。 「これが俺から貴方への報復です」  白岡は驚いたように唇を薄く開くと、そうして眉を寄せてくしゃりと目尻の皺を深く刻む。 「参ったね」  どぷん、と暗闇の奥底に沈む。  最後の最後に気づいた。  白岡は会いに来てくれたのだ。  彼への好意は単に同情や庇護欲だったのかもしれないし、今となっては本当に恋だったのかすら確かめる術はない。  それでも確かに愛情はあった。  もしも、なんて考えるのは無意味だろう。考えたところで結果は変わらないし、一体何を期待するというのか。  未練なんて元からないのだ。本当は誰にも知られないまま自分の中で葬り去りたかった想いだ。  まだ父が好きなのかと夕に聞かれた時は、その気持ちに蓋をしていた為に本当の自分の心など分かりはしなかった。  けれど今なら分かる。 (だって俺が好きなのは――)  それは、  きっと、それは。

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