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44 泡沫の熱に溶ける〈4〉*

 パンツの前を開かれ夕の指が下着を引っ掛けると利人の熱の塊はふるりと頭を覗かせる。既に硬く濡れたそれに夕の手が触れ、じんと腰が震えた。夕の手に優しく包み込まれ、ぷにぷにと鈴口をなぞられる。 「あ、ぁっ、夕、だっ……も、出ちゃ、」  直接触れられただけなのに波が押し寄せて全身を焦がす。 「良いですよ」  ふ、と夕の唇が薄く笑んだのが見えた。  そして再び唇が合わさり舌を絡める。たどたどしい利人の舌は吸い取られ唾液を絡ませて再び翻弄される。  同時に赤く熟れた熱の塊を梳かれると瞬く間に快楽の波が全身を駆け抜けた。甘い嬌声と共にびくん、びくんと腰が跳ねる。 「は、はあっ、あ、」  力なく腕をシーツの上に落とし呼吸荒く胸を上下させる。ぼんやりと目を開くと、夕は利人の精を受け止めた掌をティッシュで拭っていた。  はあ、と倦怠感に沈むように再び目を閉じる。視界を閉ざした僅かな時の中、夕が愛おし気に掌に残る名残に舌を伸ばしていた事には気づかない。 「大丈夫ですか?」  素知らぬ顔の夕とぱちりと目が合う。すると恥ずかしさが込み上がりさっと目を反らした。 「平気、だ」  こんな事の後だから、というのもある。  けれど夕の顔を見ると妙にどきどきしてしまって見ていられない。 「早かったですね」 「う、うるさいな。そもそも夢でお前が……」 「夢? 俺の夢、見てたんですか?」  はっとして口を噤む。ほくそ笑む夕の視線から逃げるようにぷいと顔を背け、その先で夕が貸してくれた服が目に留まり「そうだ」と声を上げた。 「これ、服。借りるな」  わざとらしく話を変え気怠い身体を起こしてもそもそと何とか袖を通す。 (あ、夕の匂い)  今しがたまで感じていた匂いと同じそれに思わず顔が熱くなった。丈の長い、ぶかぶかの夕の服。  流石に替えのない下着は汗とカウパーが染み込み湿ったままだが、全身大量の汗を掻いていたから服を着替えるとほっとする。まだ身体はだるいし熱っぽいとはいえ、抜いたせいか随分楽になった事に気づく。そういえば咳も殆ど出ていない。 「夕、その……色々、ありがとう。……でもな、」  ぼそりと俯きがちに口を開く。  その続きを紡げないでいると焦れたのか夕の声が重なる。 「利人さん、俺……」 「もう、こういう事しなくていいから」  互いに目を見開かせ視線が絡まる。利人はすぐにぱっと目を伏せ、紛らわすようにへらりと笑った。 「悪い事したな。でもお蔭で楽になったし、もうちょっとここにいさせてもらうけどひと眠りしたら帰るからさ。本当、世話になった」 「利人さん? 急にどうし……」  腕を掴まれどきりとして咄嗟に振り払う。驚く夕の顔が見えたけれど、落ち着いて話せる程の余裕はなかった。 「触るな」  ぴしゃりとそう言い放ち、はっと我に返る。 「あ、違……その、びっくりして」  過敏になっているのかもしれない。  触れられると気持ちが伝わってしまうのではないかと思えて怖いのだ。  善意だろうと冗談だろうと、キスをしたりこんな密な触れ合いをしたりするのはもう二度と許されない。  だってそんな事をすればきっといつか知られてしまう。この気持ちを見透かされてしまう。今だってバレてやしないかと不安で堪らない。  友人になると言ったのに。呆れられて、避けられでもしたら――そう思うとぞっとした。 (隠さないと)  この気持ちは隠して、ただの友人に徹するのだ。  でも、あんな言い方では夕を突き放したみたいで。この気持ちに壁はつくっても、夕を傷つけたくはない。  利人の心配をよそに夕はにこりと微笑むと、一歩後ろへ下がる。 「すみません、強く握り過ぎちゃいましたね。喉渇きませんか? 水、どうぞ」 「あ、ああ。ありがとう」  キャップを外したペットボトルを受け取り、ごく、ごくと喉を潤す。夕を傷つけてしまったかと思ったが、いつも通りの様子にほっと胸を撫で下ろした。 「俺あっちのベッドで寝るので何かあったら起こしてください。じゃあ」 「あ、夕。さっき何か言い掛けなかったか?」  背を向ける夕に声を掛けると、夕は一瞬の間の後振り返り薄く微笑む。 「忘れました。おやすみなさい」 「……おやすみ」  夕は再び背を向け、暫くすると部屋は暗闇に包まれた。 『キスもセックスも夕だけが許されるって、それってさ。それはもう恋だよね』  そうだ。こんなにも身を焦がすこれはきっと恋と呼ばれるものなのだろう。  白岡はそれを気づかせる為に現れたのだろうか。そう思うのは都合が良過ぎるだろうか。  いや。  そうだとして、果たしてそれは『良い』事なのか。  あの言葉の後何か大事な事を言われた気がするのに思い出せない。  白岡は何と言っていたのだろう。

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