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46 卑怯者〈2〉
「それで連れて来た彼の様子はどう? 体調良くなったの?」
「利人さんならよく眠ってますよ。薬が効いているようです」
そう、良かったと言った後楓は何がしか考え込む素振りをする。
「利人さんって……あっ、前撮影の見学に来てた人?」
「そうですけど」
「やっぱり! そう、どこかで見たような気がしたの。雀谷利人さん。そっか、あの時か」
ひとりでうんうんと納得する楓に夕は眉を顰めた。楓の言い方では二度利人に会っている事になる。利人の名前だって楓には教えていない。那智から聞いたのかもしれないが、それにしてもこの発言は不自然だ。
「楓さん、俺の泊まってる部屋に入ったんですか?」
「ああ、ううん違うのよ。この間東陵大学で見掛けたの。さっき言ったあたしの大好きな人と雀谷さんが知り合いだったから、名前もその時聞いたのよ」
偶然ねと楓は少し興奮した様子で大きな目をくりりと見開かせる。
成程そういう事かとほっと胸を撫で下ろした。楓は那智と同じで高校を卒業したばかりだから東陵大学に恋人がいるのは何もおかしな事ではない。
「那智さんには今回の事何て聞いていたんですか?」
「那智? ユウが病気の男の人を事務所に連れて来たってだけだけど」
もっと聞かされていたかと思ったが、この様子ではどうやら利人との関係はおろか名前すら出されてはいなかったようだ。あの男の事だからてっきりぺらぺらとある事ない事吹き込んだのかと思った。
とはいえ夕の中で那智の評価が上がったかと言えばそれはまた別の話だ。
「ユウは良い子ね。家族でも恋人でもないのにそんな風に介抱してあげるなんて」
褒めてあげよう、と頭を撫でられ睫毛を伏せた。利人にもそうされた事を思い出す。
胸がちくりと痛んだ。
「いえ、俺は良い子なんかじゃないです。全然、そんな事はなくて。下心の塊なんですよね」
「下心」
本当に良い子なら利人を困らせる事はなかっただろう。手を出す事も事務所へ連れてくる事もなかったかもしれない。
矛盾していると思う。困らせたくないと思う一方、困らせたいと思う自分もいる。
利人の色んな顔が見たくて、自分を見てほしくて。
「そんなの当たり前じゃない?」
明るい楓の声に引き寄せられるように顔を上げると、彼女は後ろに手を突いて背伸びをするように宙へ目をやる。
「あたしは好きな相手だと尚更そうだわ。例えばあたしはその人に何度も好きって言うしプレゼントするのも好きだし何でもしたいって思うけど、その分見返りは欲しいもの。なくてもいいけど、やっぱり同じ気持ちを返してくれたり喜ぶ顔が見られたりしたら嬉しいじゃない?
可愛い反応が見られたらとっても幸せな気持ちになれるし、恥ずかしそうにしてるのもまた良し」
「惚気じゃないですか」
「あら、ごめんなさい。ユウはそういう人いないの?」
ふふと冗談めかして微笑む楓に夕もまたくすりと笑う。脳裏に利人の顔が浮かんだ。
「好きな人はいます。すごく可愛い人」
「ユウこそ惚気てるんじゃない。頑張ってよ、あたし応援するわ」
「ありがとうございます」
しょげていても仕方ない。大丈夫、まだ完全に振られた訳じゃない。むしろいくら好意を向けても全く気付いてもらえなかった頃よりずっとましというものだ。
諦めの悪さは自分が一番よく知っている。
「何だかちょっとだけ元気になった気がします」
「やだ、そこは断定してよ。――ユウ、そのまま」
急に楓の顔が近づいたかと思うとじっと見つめられ目尻に触れられる。
「睫毛ついてた」
「ああ、すみません」
満足気な楓は、そうだと掌をぱちんと合わせにやりと企み顔で振り返った。那智がそういう顔をしたらげんなりとするところだが、相手が人の良さそうな楓だからだろうか。そうした顔に嫌味はない。
「来月皆で温泉に行こうって話してるんだけどユウも行こうよ! その人も誘ってさ! あたしもその可愛い人見てみたいし」
「え、いいです。それに見せ物じゃないので」
突然の楓の申し出に夕はぴしりと掌を上げて断る。断るのが早過ぎると楓が嘆いた。
「彼氏とか友達連れてくる子もいるから変じゃないよ? 温泉入ってバーベキューしてパーッと遊ぼうよー! 夕の知ってそうな人だとねえ、あー那智がいる」
「尚更行きませんよ。俺の話聞いてました?」
眉毛をぴくりと動かす夕に楓は「やっぱり駄目かあ」と残念そうに溜息を吐く。好きな相手が利人だと無闇に教えるつもりはないし、利人を那智に会わせるつもりもない。
そろそろ部屋に戻ろうと腰を上げ潰した紙コップをゴミ箱へ落とすと楓も立ち上がった。
「気が変わったらいつでも言って。また今度恋バナしましょ? そうだ、アドレス教えてよ」
「良いですよ。気が変わる事はないですけど」
頑なねと頬を膨らます楓に夕はにこりとわざとらしく微笑んだ。
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