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55 帰省
ぷしゅう、と自動で扉が開かれぞろぞろと大荷物を抱えた人々が駅のホームへと吐き出されていく。
利人もまたホームへと降り立ち改札を抜けると、向かいの土産売り場の前で手を振る二人の男女に気づき自らもまた手を上げた。
「よお越智姉弟、お迎えサンキュ。羽月髪染めた?」
「目敏いねえ、利人。昨日美容院行ったばっか。ていうか荷物少なくない?」
「先輩おかえりー! 羽月ちゃんこの色似合うっしょ、今季のトレンドピンクアッシュ! この位だと可愛くなり過ぎないからクールな羽月ちゃんにも馴染むんだよね。この調子で髪だけじゃなく春が訪れると良いんだけど」
「陽葵」
眉を顰め睨みつける羽月に陽葵はおっとと口を掌で塞ぎ悪戯っぽく笑う。相変わらずの二人の様子に利人はふっと頬を緩めた。
東陵大学へ編入するまで一番親交のあった越智姉弟とは今でも付き合いがあり、何だかんだ帰省する度に会っている。特に人懐こい陽葵とはたまに連絡を取り合う仲で、今日はこれから三人で新しく出来た美術館に向かう予定だ。
「この土産物売り場、改装したんだ。綺麗になってる」
地元を離れると帰省する度にどこか変わっている事が多くて驚かされる。利人は駅の中を歩きながらずらりと並ぶ土産物を懐かしそうに眺めた。
(周藤先生にお土産買って行かなきゃな。したらやっぱ酒か。沙桃達と、あと賀茂居さんにも迷惑掛けたから何か買って行こう)
先日の飲み会で散々ぶちまけ散々飲んだ利人はすっかりいつもの調子を取り戻した。
一部記憶が怪しいところはあるものの、いっそ忘れ去りたい程の恥を曝した事だけはよく覚えている。酒を飲み過ぎてはいけないと深く実感した夜だった。
駐車場へ移動した一行は羽月の車に乗り込み駅を後にする。羽月とは共に電車通学していた仲だが、免許を取得し今ではこの車で大学に通っているらしい。
水色の小さな車体の中後部座席に座っている利人は「そういえば」と助手席に座っている陽葵に視線を向けた。
「陽葵は今でも女装してるのか?」
「してるよ! 何で?」
「呆れられてんのよ。あんたもうギリギリでしょ」
陽葵はファッションが好き過ぎる余り時折女装をする趣味がある。中性的な見た目と自身の高いメイク技術のお蔭で本当に女に見えるのだ。
「えー、まだ辞めたくないよ。それに新作のワンピですっごく可愛いのあってさあ」
「そうそれだよ。陽葵、女の子の恰好して人と買い物に行くの好きじゃん。前は俺位しか誘える相手がいないって言ってたけど、今どうしてんの?」
陽葵は女装趣味を公にしていない。知っているのは家族と知人の極少数だろう。女装している陽葵の外出に付き合うのはいつも自分だったから、離れている間どうしていたのだろうとふと疑問に思ったのだ。
「え? あー、それね」
「同じ趣味の友達でも出来た?」
「そういう訳じゃないけど、まあざっとそんなもんかな」
「へえ、良かったな」
歯切れの悪い陽葵の返事に利人は特に疑問を抱く事なく笑う。赤信号で運転を止めている羽月のじとりとした視線が陽葵に向けられた事には気づかなかった。
「それより先輩、これあげるよ!」
羽月の視線から逃れるように陽葵がごそごそと鞄を漁ると一冊の雑誌を手渡してくる。
何だろうと渡された雑誌を見ると、それは利人もよく知る地域情報誌だった。
「何、先月号? 別に要らな……」
不要になったから寄越されたのかと苦笑いを浮かべながらぱらぱらとページを捲り、ぴたりとその手を止める。食い入るように雑誌を見つめる利人の様子に、顔だけ後ろへ向けている陽葵は琥珀柄の眼鏡の奥の目を細めにやりと口角を上げた。
古い町並みの中、着物を着た男女が歩いている。とある地域にスポットを当て喫茶店やパン屋、季節の行事などを紹介した特集だ。そこに写っている少年が夕だった。
(やっぱ着物、似合うなあ)
一度着物姿で花を生ける夕の姿を見てみたい。きっと綺麗だろう。
夕の隣に立っている可愛らしいモデルは夕と同じ位の年かもっと幼く見えた。この子とも仲が良いのだろうか、とぼんやりと考えたところでぶんぶんと頭を横に振る。
「陽葵、これ返す」
「要らない? もう読まないからあと捨てるだけだけど」
そもそも夕のモデルとして活躍する姿を追っていたのは、夕と会えない、会う事はないと思っていたからだ。生身の夕と再会し度々交流している今となってはもうそれは必要のない事だと言える。
それに今回は女性モデルと一緒だ。『彼女』ではないし単なる仕事だとはいえ、もやもやと複雑なのが正直なところだった。
それでも、やっぱり手放し難いのも事実で。
「やっぱり貰っとく……」
「どうぞどうぞ」
一度陽葵に戻した雑誌を再び手にした利人は静かに溜息を吐いて鞄の中に丁寧に雑誌を仕舞った。
「あ、あとこの前偶然夕君に会ってさあ。写真撮っちゃった。見る?」
「は⁉」
ほら、と見せられたスマートフォンの画面には指でピースをする陽葵の隣に灰色のブレザーを身に纏った夕が薄く微笑んでいる。
「え、ええーお前どんだけ社交的なの……俺だって一緒に写真なんか撮った事ないのに。えー……ブレザー似合う……。附属の制服ってグレーだったっけ」
「去年から変わったんだよ。緑よりこっちのが俺は好き」
軽くショックを受けながら「この画像送って」と言うと「これは要るんだ」と陽葵のけらけら笑う声が返ってきた。
夕の詰襟の制服姿は何度も見たが高校の制服姿はまだ見た事がない。羨ましい。正直とても羨ましい。
(でも何か見覚えあるような気が……附属のブレザー自体は知ってるけど、それとは違うっていうか)
高熱で朦朧としている最中に見た記憶だとは思い出せる筈もなく、利人はうーんと腕を組んで頭を捻らせた。
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