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83 蜜夜〈1〉*
くちゅ、くちゅり。
「――ふ、」
ひくり、身体が震える。
薄暗い部屋の中をベッドランプの光だけがほんのりと白く照らす。声が零れる度、肌が感じる度に壁に映し出された影は揺らめき余計にいやらしく見えた。
(声、が)
きゅ、と唇を噛み締め快楽を飲み込む。眼下には布一つ纏わぬ自らの身体。そして開いた足の間では夕の指を何本も咥え込んでいる。
ぐちゅり、引っ搔くように中を押し広げられ腰が跳ねる。
「ひぁ、あっ」
「気持ち良い?」
ぎしりとベッドが軋み夕の逞しい身体が覆い被さる。そうして舌を絡める間にも夕の手は止まらず、ぐちゅぐちゅと中を掻き混ぜられた。
「ふ、んンっ、ゆぅ、」
「可愛い、利人さん」
口づけの合間にくすりと夕の唇から笑みが零れる。
(きもちいい)
悦過ぎて、困ってしまう程に。
自分では全く上手くいかなかったのに、夕に触れられているとこんなにも身体が悦ぶ。
少しでも身体が楽なように、と腰の下にはクッションが敷かれ少しずつ慣らされた身体は実際辛くはない。
手慣れた夕の様子を見て、この空白の一年間を思った。きっと何もない筈はなかっただろう。付き合う女はいただろうし、もしかしたら男を抱いた事もあったのかもしれない。
(ああ、駄目だ)
こんな時に嫉妬だなんて。それにこんな嫉妬、途方もない。醜いだけで自分勝手だ。
利人は目の前の夕の身体の感触を確かめるように、その滑らかな背中に手を回し肩に顔を埋める。
「利人さん……」
くしゃ、と大きな手で頭を撫でられ頬を摺り寄せる。まるで優しく包み込まれるような感覚にほっと安らぐのを感じた。
ぬる、と夕の指が身体から抜けるとじわりと襲う一抹の寂しさ。あまりにも貪欲な自身の身体に内心苦笑いを零した。
目元に、口元に、首筋に、夕の薄い唇が優しく触れる。ちろりと舌で舐められるのも軽く吸われるのもくすぐったくて、ふるりと肌が震えた。
すると腹部まで下りてきた口づけはそこで止まる。脇腹を意味深に撫でられている事に気づいて視線を向ければ、その理由はすぐに分かった。
そこには細く残った歯形と小さな鬱血の痕。
「『上書き』して良いですか?」
「え?」
何、と問う前に再び夕の頭が下ろされる。
ひた、と臍の横を夕の舌がなぞった。その感触にぞくぞくと肌が粟立つ。くすぐったいのに、それ自体に感じているようだ。まるで細かな電流が流れているかのようにぴりぴりと震えて息が上がる。
そうして強く肌を吸われ、ひくりと喉が引き攣る。
「ゆ、夕。くすぐった……ぁっ、な、何、して」
「だから、『上書き』」
じゅう、と強く肌を吸う音にも辱められる。訳が分からないままされるままそれに耐えていると、ようやく終えた時そこには薔薇のような濃く赤い花びらが散っていた。
「これで良し」
満足そうににこりと微笑む夕に利人は目を見開いてぱちぱちと瞬く。そして『上書き』の意味に気づき耳を赤くした。
「ば、馬鹿! こんな、はっきりしたの。こんなの誰かに見られたら」
「うん。ごめんね、でもそのままにしておけなかったから」
利人が困惑するようにじっと黙り込んだからだろうか。夕は困ったように眉を下げ自嘲気味に笑った。
「言ったでしょう、俺は嫉妬深いんだって。利人さんに触れたあいつが許せないし、この肌に、無遠慮に触れてきた男すべてが恨めしい」
「夕? それって……」
「言わないでいいです。俺が知らない間、利人さんが誰かと寝てたとしてもそれは咎められる事じゃない。ただ嫉妬で狂いそうだから、何も言わないで」
同じだ。夕も、同じ気持ちだったのだ。
じわ、じわりと胸が熱くなる。
「話すつもりはなかったけど」
恐る恐る口を開くと、夕ははっとした顔で見つめてくる。
誰にも言うつもりはなかった。こんな恥ずかしい事。こんな淫らな事。
「夕とシてから、俺……誰ともシてないから」
夕の瞳が一瞬明るくなる。その瞳を避けるように、でもと言葉を続けた。
「抱かれる、妄想をしてた。ひとりで……お前に、犯される妄想して、自慰を」
激しい羞恥に両手を顔を覆う。言葉にするのも耐え難い。夕の顔を見るのが怖い。
それでも、己を曝け出したのは。
「本当に?」
小さく震えながら、こくりと頷く。すると両腕を掴まれ頑なに顔を覆っていた両手を無理矢理引き離された。
瞳に飛び込んできたのは頬を桃色に染め目を輝かせた夕の顔。
「もう、俺をどうしたいんですか。嬉し過ぎて死にそうだ」
きらきら、まるで星屑が散るように眩い。
(ああ……)
夕ならこんな自分でも受け止めてくれるんじゃないかって、きっと期待した。
思わず涙が零れる。
ずっと、こんな自分が嫌いだった。
「馬鹿。何でそんなに嬉しそうに言うんだよ。普通引くだろ。いやらしいって、……淫乱だって。俺、俺が、どれだけ自己嫌悪したか。それを、お前は……そんな、呆気な……んっ、」
強引に唇を塞がれ、情熱的な程に舌を絡み取られる。性急なそれに息が上がり、翻弄されるまま甘く上擦った声が溢れた。
ようやく離れた唇の間には銀糸が伝い、荒く吐き出す息と共にふつりと途切れる。蕩ける瞳で夕を見上げれば、その瞳にはゆらゆらと欲に塗れた熱っぽい漆黒が揺らめいていた。
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