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【番外編2】りんご飴
=第1部と第2部の間の夏の話(夕視点)=
蒸せる暑さに目が眩んだ。
から、ころ、下駄の軽やかな音が耳を打つ。
すると、しゃり、と違う音がして意識を隣へ向ける。
そこには鼻から上だけの狐の面をつけた男が真っ赤なりんご飴に歯を立てていた。
かり、しゃくり。
毒のように赤い飴の欠片は舌で絡み取られ口の中へ。唇は透き通った飴に濡れ、再び顔を覗かせた舌がぺろりとそれを拭う。
(美味しそう)
じわりと汗ばみ喉がからりと渇く。
(あ)
男のりんご飴を持つ手に溶けた飴が零れた。
女のように細くはない。
女のように白くはない。
けれど夕はその手に、皮膚に、どうしようもなく欲情する。
ごくりと喉が鳴った次の瞬間には浴衣の袖から覗く手首を掴んでいた。
そうして艷めくそれへ舌を這わす。
(甘い)
ぺろりと舐めればその腕はぴくりと揺れる。逃がさないまま視線だけ向けるが、面のせいで男の表情は読めない。
す、と面へ向けて手を伸ばせば男は逃げるように後ずさった。
それが不満で押し倒せばその身体は容易に茂みの中で磔となる。
「......はぁ、」
興奮、していた。
むせ返るような熱気。遠くの喧騒。
眼前の着衣は乱れ、露出した肌は汗ばみ甘い匂いが鼻先を擽る。
ずれた面の下では、利人が咎めるような瞳でじっとこちらを見上げている。
「夕」
やめろ、と。退け、と言っているのかもしれない。
それでもはいそうですかと素直に言うことを聞く気には到底なれず、ふ、と唇を不穏に歪めた。
「あんたが悪い」
そう言って汗ばむ首筋に歯を立てる。
悪いのはあんた。
だって、ねえ。
こんなこと――こうやって逢うことすら、きっと叶わない。
音が聞こえる。
煩いな、今、それどころじゃないのに。
利人の身体を貪りながら、どんどん大きくなっていく音に舌打ちをした。
ああ。
終わって、しまう。
その音の正体はすぐに知れた。
汗をびっしょりと掻いた夕は大きく目を見開かせ、気だるげに腕を動かして近くに置かれたスマートフォンを手に取る。
「やあ。......ごめん、寝てた。......はは。え、夏祭り? ......いや、悪いけど俺は行かない。行く気分じゃないんだ」
それじゃ、と通話を切りだらりと腕を下ろす。
どうやら部屋のエアコンが壊れたらしい。のろのろと起き上がり窓を開けると少しだけ涼しい風が吹き込んだ。
どこかで祭りがあるのか、どんどん、と花火の打ち上がる音が遠くの方から聞こえる。
夕は舌打ちをひとつして枕に顔を突っ伏した。
「......最悪」
それは自己嫌悪。
どこまでも未練がましい自分に反吐が出る。ましてやこんな夢。
薄い唇は自らを嘲るように口端を吊り上げくつりと嗤った。
高校一年の、暑い、夏の日のことだった。
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