8 / 332

両片想い5

(お客様にお茶を出すのって、新人の女子社員がすることじゃないのか!?)  新人として入社した二日目、給湯室にこもった俺は、淹れたことのないお茶出しに悪戦苦闘していた。  苛立ちまかせに急須に茶っ葉を入れた途端に、背中に何かが当たる衝撃を受けた。そのせいで足元がふらつき、台所に両手をついて何とかやり過ごす。 『坊ちゃん、俺の商談を壊すために、渋いお茶を淹れようとしてるだろ』  俺の肩に顎をのせながら、ぼやくように先生が呟く。背中に感じる温かみに、苛立っていた心がほっとした瞬間だった。 「せっ……。こんなところで油売ってて、大丈夫なのかよ?」  先生と言いそうになり、口を一旦引き結んでから、文句を言ってやる。頭の中では何度も課長呼びをしてるのに、不意に現れたせいで、いつもの呼び方をしそうになった。 『お前と一緒に入社した女子社員と、和やかに談笑中だ。俺よりも若い女の子のほうが、向こうさんも嬉しいだろうさ』  俺の脇から両腕を伸ばして、急須に入れたばかりの茶っ葉をシンクの中に投げ入れた。 「ちょっ、せっかく入れたのに!」 『やったことのない仕事は誰かに訊ねるなり、ググって調べたりして、少しでも完璧にこなす努力をしろ』  言うなり、頬に柔らかい唇が押し当てられた。 「課長……」 (そんな子供じみたものじゃなくて、濃厚なキスがしたい――) 『先方を待たせてるんだ。早めに用意してくれ』 「はい、分かりました」 『お前が淹れたはじめてのお茶、期待してるからな』  身を翻すように出て行ったあとに漂う、嗅ぎ慣れた先生の香水。消えた温もりと一緒に、その香りもどんどん薄くなる。それはまるで俺に対する、先生の想いのように感じてしまった。  期待されたら応えたくなる。だから一生懸命に頑張った結果、褒めてもらえる。ご褒美は『よくやったな』という言葉と微笑み、それと先生の躰。  俺が強請れば『好きだ』と言ってくれるけど、自主的に先生の口から、想いを告げられたことはなかった。

ともだちにシェアしよう!