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両片想い47

 眩しすぎる微笑みを目の当たりにして、嫌な予感が頭の中をぶわっとよぎる。 「安心してください。石川さんにはこれまで通り、ここで働いてもらいます」 「は?」 「俺と白鷺課長のために、身を粉にして働いてください」  告げられた言葉の意味が分からず、アホ面丸出しにしているであろう俺を見、渋い表情の白鷺課長が口を挟んだ。 「坊ちゃんそれは、俺たちの付き合いの裏工作的な何かを、石川にさせようと考えてる?」 「晴れて鉄平と両想いになったんだから、これからはもっと恋人らしいことをしながら、日々を満喫したいなぁと思ってさ」 「ふたりって、両想いじゃなかったのかよ!?」  疑問が思わず口から飛び出てしまい、慌てふためきながら口元を押さえた。 「石川さんの目には、俺たちが両想いに見えたんだ?」  困惑しっぱなしな俺に、社長の息子が興味津々な様子で訊ねる。 「あ、そのぅ…たまたま給湯室で、白鷺課長が桜井くんの頬にキスしてるのを――」  こっそり覗き見た手前、それを告げるにはかなりの勇気が必要だった。おどおどしつつキスをした張本人を見たら、ふいっと顔を背けられてしまった。 「あんな陳腐なキスだけで、石川さんは俺たちが両想いだと思ったんですか?」 「はあ、まぁ。白鷺課長の表情がですね、普段見られない感じのものだったですし、他の人と桜井くんに対する態度とかもあからさまに違うので、そうなのかなぁと思ったまでです」 「あーあ、残念。どんな顔してキスしてたんだろう。ねぇ鉄平」 「自分で自分の顔が見られないからな。分かるわけないだろ……」 「あのうそれで俺はおふたりに、何をすればいいのでしょうか?」  いたたまれない空気がそこはかとなく流れる中だったが、自分の役割を知るべく、こわごわと質問を投げかけてみた。 「俺たちのアリバイ工作に、石川さんが関わってくれたらいいだけです。しょっちゅうふたりきりで逢ってばかりいたら、さすがにヤバいでしょ。そういうときに、協力よろしくってことで」  にんまり微笑みながら右手を差し出す社長の息子に、思いきって握手を交わした。 「分かりました。全面的に協力しますので、今までのことは穏便にお願いします」 「もちろん! 約束は守るので石川さんはこれ以上の悪いことを、社内でしないでくださいね」  ぐっさりと釘を刺された俺は、脱兎のごとく会議室をあとにした。  その後、社長の息子の下僕として散々こき使われ、ふたりの逢瀬の橋渡しをするはめになったのである。

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