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両片想い49
「鉄平ってば、せっかくふたりきりになれたのに。ちょっとくらい」
「順調にいけばおまえは、次期社長の御身なんだぞ。しっかりするのは当然だろ。あと名前呼びはするな」
「チェッ。課長、あのさ!」
苛立ちまかせに会議室の扉を大きく開け放った背中に、食らいつくように話しかけたら、仕方なさそうに立ち止まる。
「なんだ?」
「ホテルで俺が怒らせちゃったあの夜、眠る直前に、何かをぶつぶつ言ってたよなぁって。ものすごく小さな声で、俺に聞こえないように呟いてた」
「……覚えてない」
振り向く様子もなく、その場に立ち続けて話を聞く鉄平の気を、どうしても惹きたかった。
「今みたいに背中を向けたままの課長を見て、俺は仕方なく寝たフリしたんだ。イビキまでつける演技つきの」
「それがどうした」
「しばらくして、小さいため息をついた課長が、何かの和歌を詠んだのを聞いた。忘れないように、何とか覚えた。一部分だけど」
「記憶にない。坊ちゃんが寝ぼけていたんだろ」
チラッと顔だけで振り向いた鉄平は、どこか焦った感じに見えなくもない。
「確か『思ふには 忍ぶることぞ負けにける』だと記憶してるんだけど? 石川さんのときみたくスマホが手元にあれば、全部録音できたのにさ」
眉間に人差し指を当てながら、ずばっと核心に切り込んだ瞬間に、鉄平の頬が赤く染まった。
「くそっ、まいったな。普段のおまえは、記憶力があまりよくないはずなのに」
「実のことを言うと前半のところをかいつまんで、うろ覚えしていただけ。次の日に検索かけたら、伊勢物語の和歌がヒットした」
「あっそ。坊ちゃんとしては、ひとつ利口になったんだな」
無愛想な口ぶりで告げるなり赤ら顔を隠すように、さっさと歩きだす。その動きを止めなきゃと、左腕を慌てて掴んだ。一瞬で縮まる距離に、胸が痛いくらいに高鳴る。
(ここは会社の廊下なのに、キスしたくて堪らない――)
そんな想いを込めながら、噛みしめるように言葉を発する。
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