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悪い男2
うつ伏せのまま脱力している俺を尻目に、男はさっさと身支度を整え、いつも着ているブルゾンを素早く羽織る。
「上條、もう行っちゃうんだ。もしかして、彼女と待ち合わせしてるとか?」
今日はバレンタインデー、聞くだけ野暮かもしれない。
「まぁな。これやるよ」
ブルゾンのポケットから箱状の物を取り出し、枕元に投げて寄こした。
「なに、これ?」
横目でそれを確認してから、俺を見下ろす上條に視線を飛ばす。するとなぜか、顔を背けられてしまった。
「知らない女からもらった、チョコらしきもの」
素っ気ない態度や返事のせいで、だだ下がりしていたテンションが、さらに落ちていく。
「アハハッ。これから彼女と逢うのに、貰ったチョコなんて持ち歩けないもんね」
あくびを噛み殺しながら起き上がり、チョコらしきものが入ってる小箱を手にした。
「そういう那月は、これから誰かとデートするんだろ?」
「予定が入ってたら、いつまでもこんなふうに、ダラダラしてないって。誰かに呼び出されて、チョコを貰うなんていう奇跡なんか、絶対に起きないしねー」
「案外ビッチな那月とヤりたくて、チョコを用意してる男がいるかもよ?」
いつものようにヒラヒラと右手を振って出て行く、上條の背中をベッドから見送った。
「ビッチな俺よりも、バレンタインに浮気するアンタのほうが、充分悪い男だと思うけどねー」
本当は行くなと言って、彼女のところに行かせないように抱きつきたい。でもそんなことして困らせたら、この関係は間違いなく破綻する。
(だから俺は、ここから見送るしかないんだ――)
本音を漏らさないように我慢したら、持っていた小箱が少しだけ変形した。
「悪い男なんてセリフ、おまえに言われたくないよ。またな!」
顔だけで振り返り、颯爽と出て行った上條。愛しの彼女を待たせないように、さっさと出て行ったのかな。いつもなら、ベッドの中でひとしきりゴロゴロしてから、今みたいに出て行くのに……。
「人から貰ったものを俺に寄越すなんて、マジで悪い男だねー」
小さな呟きは、静まりかえった室内に溶け込んだ。
俺から上條にチョコをあげたら迷惑がって、同じように誰かの手に渡る気がした。そんな考えがあったから、チョコを買わずに済んだけれど。
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