70 / 332
悪い男4
「男なら、誰でもいいわけじゃない。おまえだから誘ったんだ」
おちゃらけた俺に合わせたのか、上條が笑いながら理由を説明してくれた。
彼女に見せる優しい笑顔で微笑まれたせいで、痛いくらいに胸が高鳴る。
「はっ、よく言うよ。男とヤるなんて、浮気のカウントに入らないって、さっき豪語したくせに。誘えばお持ち帰り確定な俺に、気安く声をかけただけだろ」
ドキドキしているのを悟られないようにすべく、無理やり顔を横に逸らして、上條から注がれる視線を外した。するとウエーブがかかっている俺の前髪に、いきなり触れる。視野に入る手の大きさに、思わずキョどってしまった。
「髪、綺麗だよな。伸ばすのウザくない?」
いきなりなされた髪への接触と話題転換に、どうにも気持ちが追いつかず、焦りを覚える。
「ほ…本当は短くしたいんだけど 、天パで悲惨なことになっちゃうし……」
「那月は細面だから、どんな髪形でも似合いそうなのにな」
上條の口から、自分の名前が唐突に飛び出したのをきっかけに、浮ついていた気持ちがしゃんとなる。髪に触れている手を、容赦なく叩き落としてやった。
口説くことに長けている目の前の男を、気合いを入れながら鋭い視線で睨みあげた。
これ以上近づいたら危険だと、頭の中で警報が鳴っていた。前カレがそうだったから。関係を持つまでは、ものすごく優しくしてくれたのに、その後は手の平を返す態度を取られて、痛い目を見た。
しかもコイツは彼女持ち。厄介さにおいては、輪をかけている。
「名前呼び、嫌だった?」
「言っとくけど、俺のほうが年上なんだよ。さん付けくらいすればー」
「さん付けしたら、頭が上がらなくなりそうな感じだったから、あえてしなかった。それに仲良くしたいし」
つっけんどんな俺の物言いも、まったく効いていないらしく、上條はへらっと笑いながら、見下ろしてきた。
「アンタみたいな軽いノリの男は、誘われても乗る気になれない」
チラッと上目遣いで一瞥して、その場を立ち去ろうとした。その瞬間に腕を掴まれ、強引に抱き寄せられる。
抵抗する前に塞がれた唇。俺を抱きしめながら背後にある木へと誘導し、固い幹に痛いくらいに背中に押しつける。
「ンンっ…ぁあっ」
抗う声と一緒に、呼吸まで奪うような、激しいキスだった。
ともだちにシェアしよう!