81 / 332
抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい3
王国の中心部から離れた、限りなく田舎に近い狭い領土を治めるせいで、必然的に世間話に疎くなる自分が、そんな噂話を聞くくらいである。
間違いなく、相当な数をこなしているのだろう。
そんな貴族が催す舞踏会に招待された時点で、伯爵の魔の手が自分に伸ばされることくらい、容易に想像ついていた。
(こうして誘いを受けることを予測してたのに、誘い文句をどうやって断ればいいのか、あれこれ頭を悩ませても、色恋沙汰に疎い僕には、まったく手立てがないのがさらなる問題だよな。どうすればいいのだろう……)
「ここのところの、民の情勢はどうだろう?」
「へっ?」
「国王軍が他国の領地を攻める資金繰りの調達の関係で、税金を上げるしかなかっただろう? 苦肉の策とはいえ、それをどうやって男爵が徴収したのか、興味にそそられてね」
誘い文句から一転、会話が国内情勢に移り変わったせいで、思いっきりあわあわしてしまった。
「あぁのっ、その件につきましては、いきなり税金が上がっても、民たちが対処できないことが分かっていたので――」
しどろもどろに答えながら、素直に事実を述べるべきか否かを必死になって考えた。
民が賄えない分の一部を、泣く泣く自腹を切った――お金持ちの伯爵がこのことについて、どうお考えになるか。返答次第では、機嫌を損なう恐れがある。
「一軒一軒、顔を出して説得を重ねたりしましたし、えっと……」
「男爵は、常に民のこと思っているみたいだな。一生懸命な気持ちが伝わってくる」
グラスを持っていない手を、いきなり握りしめられてしまった。
「ちょっアーサー卿、困ります……」
「若いのに、随分と手が荒れているじゃないか。苦労しているのだな」
手の甲の部分を、伯爵の親指がいたわるように撫でる。
こんな公の場だからこそ、目立つ行為をやめてもらいたいたかった。それなのに身分の低い自分には、男爵のおこないを止める手段すらない。必死に拒否する言葉を飲み込むので、精いっぱいだった。
「お待たせいたしました、ローランド様」
張りのあるバリトンボイスが、左横からした。聞き覚えのあるそれを聞いたお蔭で、張り詰めていた気持ちが幾分か和む。
「ベニー!」
シャンパン片手に、こちらに向かってくる執事のベニーに駆け寄ろうとした。けれど伯爵の握りしめている手が引き留めて、それをさせてくれない。
ともだちにシェアしよう!