85 / 332
抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい7
どうにも心配で見つめ続けると、僕の視線を避けるように伯爵の顔に視線を移しながら、顎に手を当てた。
「もしかしたらアーサー伯爵を狙って、このグラスが渡されたのかもしれませんね。妙な眠気を感じます。ローランド様は大丈夫でしょうか?」
「問題ない。ちょっとだけ胸がドキドキする程度だ、アルコールの作用だろう。僕はお酒に弱いから」
「胸がドキドキ……ですか」
穏やかだった口調が一転、ベニーは唸るように呟く。伯爵を見つめるまなざしがあからさまに変わり、睨み潰そうとでもしているかのように、忌ま忌ましげな表情になった。
「執事殿、何か言いたげな顔をしているな。遠慮なく言ってくれてかまわない」
ベニーとは対照的な伯爵の穏やかな顔に、変な感じを覚える。話し相手にこんな嫌悪感を示されたりしたら、普通なら平常ではいられないはず。
(アーサー卿のことだ、いろんな経験を積んでいるからこその、余裕の表れなのかもしれない――)
ベニーは空になったシャンパングラスを窓辺に置き、伯爵にしっかりと向き合った。顔の厳しさが多少抜けたものの、内に秘めた怒りが目に出ていた。
「国王様のお気に入りの貴族として、アーサー伯爵をよく思わない方もこの中にいらっしゃるとは思います。他にも恋愛関連で恨んでいる方が、多くいらっしゃると思いますけど」
「否定はしない。仕事や恋愛において成功している者は、恨みつらみを買ってしまうからね」
「表向きは、狙われたことにしてもいいです。ですがローランド様に手を出すのは、おやめいただきたい」
ずばりと言いきったベニーに、伯爵はぷっと吹き出した。
「何が、おかしいのでございましょう?」
「男爵の美貌を前にして、手を出すななんて無理なお願いだな」
品定めするような粘っこい伯爵の視線に嫌気がさし、思わずベニーの後ろに隠れてしまった。
ともだちにシェアしよう!