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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい8
「ローランド様は見てのとおり、繊細なお方なんです。人の心と躰を弄んでは捨てていく、アーサー伯爵とのお付き合いは、性に合わないと断言いたします」
「まだ付き合ってもいないのに、こうも反対されると、余計に燃えるものになってしまうというのにね。しかも男爵の初心なところが、俺の心をくすぐってくれる」
「貴方が最初からローランド様を狙って、何か特殊な薬を入れたグラスをご用意していたことくらい、把握しておりました。仲のいいご友人方に、豪語しているらしいですね『今度の相手は、朱髪の男爵だ』と」
アーサー卿のお屋敷に到着してから、ベニーとはあえて別行動をとっていた。自身の世情に疎さを何とかするため、彼に王国内で囁かれる噂話や時勢について、いろんなことを探ってもらうためだったが、その中に今回のことが運よく混じっていたらしい。
「どこの誰がそんなことを語ったのかは知らんが、男爵とは仕事についての相談があって、個人的な付き合いをしたいと思っているだけさ。そこに恋愛が絡むかどうかは、男爵次第ではないか?」
僕に向かって手を伸ばしてきた伯爵に、ベニーは一歩前に出て盾になった。目の前にある大きな背中が、とても頼もしく見える。
「ローランド様は男爵を継がれたばかりで、恋愛に興じる余裕などございません」
「だからこそ俺がすべてを、手取り足取り教えてやるつもりだ」
「その必要はございません」
「男爵、君はこのままでいいのだろうか。市街地から離れた小さな場所に縛られたまま、保守的に余生を過ごす気かい?」
挑発をかけてくる、伯爵のセリフに惑わされないようにしなければと、手にしたクラスをぎゅっと握りしめて、なんとか耐えた。そんな僕に、振り返りながらアイコンタクトをするベニー。
その真意が分からず首を傾げたら、魅惑的に瞳を細めて微笑む。目を瞬かせてベニーを見つめると、ウインクしてから前を向いた。
(ベニー本人は、まったくそのつもりはないんだろうけど、仕草がいちいち色っぽくて心臓に悪い……)
僕が身に着けている服をベニーが纏って、この舞踏会に男爵という地位で出席していれば、こんな壁際にいることなく、皆と対等にやり取りして、華やかな場をさらに盛り上げたことだろう。
陰気な僕とは違い、漂う気品や身のこなしなど、見習いたいものがベニーにはある。
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