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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい26
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冷たい何かが、頬を濡らした気がした。それを右手で擦りながら、ふと目を開ける。
「ベニー……?」
目の前には顔をぐちゃぐちゃにして泣き崩れる、身を挺して守った大切な執事がいた。
いつも冷静沈着な彼が、見たことのないくらいに動揺している姿を目の当たりにしたため、なんて声をかけたらいいのか分からない。
「ぉっ、お助けできずに、申し訳ございません。申し訳、ございませ……んっ」
嗚咽混じりの謝罪に、首を横に振った。
「ベニーが無事でよかった。突然倒れたみたいだったが、どこか打ったりしていないのか?」
肩に触れてから意味なく撫でさすって、自分なりに大丈夫なことを確認してみる。
「何を仰っているのですか。私よりもローランド様のお躰がっ…こんな私なんて、見捨ててもいい存在だというのに。貴方というお方は!」
両手で掛け布団を握りしめ、さめざめと泣くベニーに微笑みかける。するとそれを見て、赤茶色の瞳から涙をはらはら流した。
とめどなく涙を溢れさせる彼には大変申し訳ないが、大事な執事を守れてよかったと、安堵の気持ちでいっぱいになった。
「悪いな、ベニー。僕は我がままなんだ。お前にこのまま、尻拭いをさせるわけにはいかないと思った」
「ですがっ!」
「今日うまくやり過ごしても、この次に伯爵とお逢いするとき、今回以上に罠を仕掛けられた状態で狙われるよりはいいかと考えた。もうこんな茶番はこりごりだ」
よいしょと言いながら起き上がり、涙に濡れたベニーの頬を両手で撫でる。
あらかじめ集めていたのか、舞踏会のときに着ていたワイシャツを僕の肩にかけるなり、ぎゅっと抱きついてきた。顔を伏せて声を押し殺す大きな背中をぽんぽんして、子どもをあやすように宥めてみる。
「ベニー、我が家に帰ろう。こんなところに長居はしたくない」
「畏まりました。すぐに玄関に車を回してきます」
ベニーは名残惜しげに僕の躰を抱きしめてから、素早く立ち上がって涙を拭うと、部屋を飛び出して行った。
「……本当は泣きたいくらいにつらかったのに、ベニーが僕の分まで泣いたお蔭で、やり過ごせてしまった」
(もしかしたら落ち込むであろう僕の気持ちを悟って、わざとあんなふうに泣きじゃくっていたのではないか――だって彼は男爵家での仕事をそつなくこなす、有能な執事なのだから)
不出来な自分にはもったいない執事に感謝しながら、着替えをてきぱきと終わらせたのだった。
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