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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい28
「ローランド様っ!? ローランド様、大丈夫でございますか?」
大きく揺さぶられる衝撃で、思い出したくない悪夢の中から意識を取り戻した。
「ローランド様――」
「僕は……、あれ?」
車の後部座席に座って、シートベルトを締めた状態でいる自分の状況に、思考がやっと追いつく。何の気なしに窓の外を見たら、あと30分ほどで屋敷に到着する位置だということを把握した。
「随分うなされていたようですが、ご気分はどうでしょう?」
「二日酔いからくる、頭痛が少しあるだけだ。ベニーだって疲れているのに、僕のせいでこんなところで足止めさせて悪かった」
こめかみに手を当てながら首を横に振ってみたが、頭痛はとれるはずもなく、余計に酷くなる。
「とんでもございません。鎮痛薬を今すぐご用意いたしますので、少々お待ちください」
薬を持ち歩いていることに、執事としての有能さを感じつつ、彼がいなくなった場合を想像してみて、ゾッとしてしまった。
何から何までベニーに頼りすぎている、自分の無能さを噛みしめる。
「質素な紙コップで水をお渡しすることになり、大変申し訳ございません」
「かまわない。ありがたくいただくとする」
鎮痛剤と水の入った紙コップを受け取り、すぐさま薬を服用した。
「ベニーがいないと、僕はただの役立たずに成り下がる」
「そんなことはございません。ローランド様は私を助けてくださった、唯一無二の恩人でございます」
残っていた水をすべて飲み干すと、ベニーの手により自動的にゴミが回収された。
「僕は自分なりに夢を見ていたのに、現実は残酷だな……」
「夢?」
「ああ。好きな人に触れてドキドキしながら、相手を抱くことを夢見ていたのに、そんな幻想をぶち壊された。僕のはじめてを、アーサー卿に奪われてしまった」
「ローランド様は覚えていらっしゃらないと思いますが、ファーストキスは私とかわしたのですよ」
落ち込む僕を励ますような声色に聞こえたのは、気のせいなんかじゃない。瞬きをしながらベニーを見たら、優しく微笑んでいた。
「えっ? 記憶にないが……」
「私が奥様のお見舞いに、お屋敷を訪れていた頃ですから、ローランド様はまだお小さかったでしょうね」
(そういえば母様が亡くなる少し前、ベニーはよく屋敷に顔を出していたっけ。小さい僕に逢うたびに「大きくなりましたね」と言って褒めてくれるものだから、嬉しくてたまらなかったんだ)
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