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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい29

「僕の小さい頃なら、記憶にないのは当然だな」 「お見舞いに顔を出した私に、ローランド様が足元に向かって突進されたんです。そのまま抱き上げると、いきなり唇を奪われました」  ベニーは言いながら白手袋をはめた右手人差し指で、自分の唇にそっと触れた。口角の上がった目の前の様子とさきほどのセリフで、嬉しさがひしひしと伝わってくる。 「まったく。何を考えて、ベニーにキスしたんだろう」  小さかった僕はきっと、大きくなったことを褒めるベニーに、感謝の気持ちを込めてキスしたに違いない。 「ふふっ、大変可愛らしいキスでございました。そろそろ出発いたしますね」  小さく頭を下げてから腰を引いて車外に出たのを確認後、ベニーに聞こえないくらいの声で呟いてみる。 「ファーストキスの相手が、お前でよかった……」  口から漏れ出た本音は、ドアを閉める音でかき消される。  小さな頃のことなれど、すべてを伯爵に奪われなくてよかったと、強く思わずにはいられない。  少しだけ左袖をまくってみたら、腕の内側に吸われたような小さな痕があった。昨夜のことを思い起こさせる痕はここだけじゃなく、躰のあちこちにつけられていた。  それは僕を苦しませ、忘れさせないようにするためにつけられたのか。あるいは、伯爵の所有物の印なのかは分からない。 「くそっ、なんでこんなもの――」  抵抗できない地位にいる自分の立場を、酷くもどかしく感じて、下唇を噛みしめる。  そんなマイナスな感情に支配される惨めな僕を、一心に見つめる視線があるのを知らなかった。  後部座席に蹲るように座り、沈みきったエメラルドグリーンの瞳を目の当たりにしたベニーが、両手の拳をぎゅっと握りしめているなんて――。

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