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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい31

 パンッ! という乾いた音が、執務室に漂う空気の中に一瞬で溶け込んだ。まるで、そのことがなかったように。 「くどいぞベニー。私情に駆られすぎだ」  僕に叩かれた勢いで、真横を向いたベニー。白手袋をはめた手で赤く腫れた頬に触れながら、たどたどしい動きで顔をもとに戻す。ゼンマイ仕掛けのようなその動きは、まるで操り人形みたいだった。 「も、申し訳ございません」  叩かれたことが信じられなかったのだろう。大きく目を見開いたまま、食い入るように僕の顔をじっと見つめる。  これまで揉めた際は、お互い納得するまで口喧嘩したけれど、こんなふうに暴力を振るったことがなかった。激昂した僕の対応を目の当たりにして、かなり困っているのかもしれない。 「いいかベニー。復讐したとしても、あの日の夜のおこないはゼロにならない。綺麗な僕には戻れないんだ」 「ローランド様……」 「たとえ復讐するために何かを企てても、待っていましたといわんばかりに、アーサー卿は笑いながら上手にかわすだろう。頭の切れるお方だからこそ、それを脅迫の材料にして、ふたたび僕に迫ってくる可能性だってある」 「あ……」  僕なりの予測を口にした途端に、悲しげな表情から、気難しい顔つきに変化した。私情に囚われていた彼の気持ちが、僕の言葉で切り替わったのかもしれない。 「僕としては、たった一晩アーサー卿の相手をしただけで領土が広がったのは、ラッキーだと思うけどな」 「それは……」 「アジャ家80数年ぶりの快挙だというのに、喜ばない執事がどこにいる?」  肩を竦めて笑った僕を、ベニーは真顔で眺めつつ、叩かれた頬を撫で続ける。 「ベニー、苛立っていたとはいえ、叩いたりして済まなかった。かなり痛かっただろう?」  いつまでも頬を擦っているので、相当な痛みを抱えていると思って声をかけた。 「とんでもございません。痛みはそこまで感じていないのですが、私は思っていた以上に伯爵にたいして、根に持っていたことを痛感したのでございます」  しょんぼりしながら、頬に触れている手を下ろす。 「私はあの日警戒していたというのに、伯爵のかけた罠にまんまと堕ち、ローランド様がつらいめに遭われました。それを嘆き悲しまない執事が、どこにいるのでしょう」

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