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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい34
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「ごきげんよう、男爵。領地巡りをするには、いい天気に恵まれたものだね」
背後からかけられた聞き覚えのある声に、金縛りにかけられたように躰が硬直する。
「こっ、これはアーサー卿。この間はその……、お声をかけずに勝手に帰ってしまい、申し訳ありませんでした」
国王陛下の謁見の帰り道に、ゼンデン子爵の領地の確認をすることを、ベニー以外に伝えていない。いきなりの伯爵の登場で思いっきり狼狽えてしまったのは、いたしかたないだろう。
ぎこちなく振り返った僕を見るなり、伯爵は満面の笑みを浮かべる。引きつり笑いをしている自分とは、間違いなく雲泥の差だ。
「それにしても僕がここに来ること、よく分かりましたね。すごいです」
あの日のことを口にされる前に、さっさと話題転換してみた。思い出したくもないし、この場に似つかわしくない話をされたくなかった。
「お褒めにあずかり光栄だ。君はとても責任感が強いだろう? 間違いなく下調べをするために、ここに寄ると思った。それに陛下から、男爵のサポートをするように仰せつかっていてね。推薦するだけして放り出すなんてことをしたら、きっと罰が当たってしまう」
「そうですか、それは心強いです……」
(むしろ放り出してくれたほうが、精神衛生上よさそうな気がする)
目の前に広がる茶畑の緑色が、目に眩しかった。そんな緑に癒されかけていたのに、
伯爵の登場でリセットされてしまうなんて計算外だった。
「ここでの茶摘みは、あと1ヶ月半後だと領主に聞いた。雇っている女性のやさしい手指で、新しく生育してきた柔らかい芯芽と、2枚の若葉だけを丁寧に手摘みするから、それなりに時間がかかるらしい」
言いながら僕の左手をとり、甲にくちづけを落とす。抵抗できない身の上に、苛立ちを覚えた。
「アーサー卿、誰もいないとはいえ、外で目立つことをされるのは困ります」
「君が素っ気ない態度をとるものだから、つい……ね」
注意を促したというのに、掴んだ僕の手に指を絡めて繋がれてしまった。わざとらしくそれを見てから、伯爵の顔を睨みあげた。
「今日は、執事殿がいないんだな。大切な主を守れなかった彼に、お留守番というペナルティでも与えたのだろうか?」
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