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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい35

 思いっきり睨まれているというのに、そんなの関係ないといわんばかりに微笑みながら、遠慮なく顔を寄せる伯爵。あまりの態度に、顎を引いて自分なりに距離をとった。 「ベニーに、ペナルティなんて与えていません。彼に落ち度はありませんので」 「そうだね。俺たちの邪魔をしないように、執事殿には勝手に眠ってもらっただけなんだし」 「いけしゃあしゃあと!」  告げられたセリフは、僕の心を簡単に波立たせるものだった。空いている手を使って、伯爵の頬を打とうとしたが、素早く右手首を掴まれ、あえなく阻止されてしまう。 「勝気な君が好きだよ」 「冗談じゃない!」  こんな状態で堂々と愛の告白をされるとは、夢にも思わなかった。むしろ内なる怒りに、油を注がれた気分に陥る。  伯爵の端正な顔を、自分なりに目力を強めながらさらに睨みを利かせた。 「アーサー卿、何を仰るかと思えば。そのような言葉を、誰にでも吐き捨てているでしょうに」 「そう思われても、仕方のない立場だけどね。実際はそんなに多くない、片手で足りてしまうくらいだよ」 「騙すことに長けている貴方の言葉を、誰が信じるでしょうか」  拘束されている両手を握りしめつつ、力を入れて引っ張っても、それ以上の力で抑え込まれてしまった。 「ん、うぅっ!」  一瞬の間をついたキスだった。伯爵を拒否する言葉と一緒に封じ込められた唇は、空気を吸い込むことも吐き出すこともできず、そのまま固まるしかない。 (どうしよう。あの夜のように、このまま――)  恐怖だけじゃなく、いろんな感情がないまぜになって、抵抗する力が沸かない。目を見開いた状態で伯爵からのキスを受け続けていると、ちゅっというリップ音のあとに唇が解放された。  口の中に残るタバコの香りが、くちづけられた事実を嫌な感じで突きつける。

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