114 / 332
抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい36
「酔いにまかせたあの晩のものよりも、今のくちづけのほうが扇情的だね男爵」
「違っ、僕はそんなつもりでは……」
「怖がらせてしまったのは分かってる。魅力的な君が、誰かに手をつけられる前にと考えたら、抱きしめられずにはいられなかった」
微笑んでいた伯爵の笑みが見る間に崩れて、悲しげなものに変化する。強く掴まれている両手首の力も抜けたので、恐るおそる引き抜いて数歩ほど後退りをし、すぐに近寄れない距離を保った。
「男爵……」
「見た目もさることながら、王都から離れた田舎の男爵に手をつけようとなさるのは、アーサー卿くらいだと思いますけど」
あまりにも暗い顔をするせいで、変に気を遣ってフォローの言葉をかけてしまった。
「そうか、君は気づいていないんだな。すぐ傍で狙われているということを」
(――すぐ傍?)
目を瞬かせながら首を傾げる僕を見て、伯爵は噛みしめるように口を開く。
「俺が君を抱いたあの夜の、心底悔しそうに顔を歪めた姿を見せてやりたかった」
「まさか……」
「男娼出身とはいえ、彼も男だからね。執事として君に仕えながら、食べ頃を見極めていたんじゃないだろうか」
「ベニーに限って、そんなこと――」
「執事殿とは、四六時中一緒にいるんだ。心当たりくらい、いくつかあるだろう?」
考えを促す伯爵のセリフで、今朝のやり取りが頭の中に浮かんだ。
陛下のもとにひとりで行くと言った僕の指先を一瞬だけ掴み、切なげに瞳を揺らめかせたベニーの顔を。
「男爵の僕にたいして誠心誠意尽くすのが、執事としての彼の勤めです。そこに邪な気持ちはありません」
他にも思い当たるものがあったけれど、それを打ち消す言葉を発言してなきものにした。
ともだちにシェアしよう!