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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい36

「酔いにまかせたあの晩のものよりも、今のくちづけのほうが扇情的だね男爵」 「違っ、僕はそんなつもりでは……」 「怖がらせてしまったのは分かってる。魅力的な君が、誰かに手をつけられる前にと考えたら、抱きしめられずにはいられなかった」  微笑んでいた伯爵の笑みが見る間に崩れて、悲しげなものに変化する。強く掴まれている両手首の力も抜けたので、恐るおそる引き抜いて数歩ほど後退りをし、すぐに近寄れない距離を保った。 「男爵……」 「見た目もさることながら、王都から離れた田舎の男爵に手をつけようとなさるのは、アーサー卿くらいだと思いますけど」  あまりにも暗い顔をするせいで、変に気を遣ってフォローの言葉をかけてしまった。 「そうか、君は気づいていないんだな。すぐ傍で狙われているということを」 (――すぐ傍?)  目を瞬かせながら首を傾げる僕を見て、伯爵は噛みしめるように口を開く。 「俺が君を抱いたあの夜の、心底悔しそうに顔を歪めた姿を見せてやりたかった」 「まさか……」 「男娼出身とはいえ、彼も男だからね。執事として君に仕えながら、食べ頃を見極めていたんじゃないだろうか」 「ベニーに限って、そんなこと――」 「執事殿とは、四六時中一緒にいるんだ。心当たりくらい、いくつかあるだろう?」  考えを促す伯爵のセリフで、今朝のやり取りが頭の中に浮かんだ。  陛下のもとにひとりで行くと言った僕の指先を一瞬だけ掴み、切なげに瞳を揺らめかせたベニーの顔を。 「男爵の僕にたいして誠心誠意尽くすのが、執事としての彼の勤めです。そこに邪な気持ちはありません」  他にも思い当たるものがあったけれど、それを打ち消す言葉を発言してなきものにした。

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