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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい37

「そういうことに男爵がしたいのなら、すればいいだけの話だけどね。ただ君は執事殿に狙われている立場だということを、けして忘れないでほしい」 「…………」 (アーサー卿の前だけじゃなく、屋敷にいても気が抜けないとは、まったく――) 「ついでに、誤解をといておくか。俺がいろんな人間を相手にしてるっていう、くだらない噂話なんだが……」  語尾のほうはなぜか、そよ風にかきけされそうな感じのボリュームだった。事実じゃない噂話を口にして、僕に認識させるのが嫌だったのかもしれない。 「君は知ってるだろう、俺の躰についてる痣のこと」 「ベッドの上で嫌がる僕に、わざわざ見せつけた痣のことですか」  思い出したくもない、あの日の夜のことを話題にされたため、不快感が自然と増していく。眉間に皺を寄せながら、仕方なく答えた。 「そう。あれを知ってるのは、俺と寝たことのある人間だけ。噂話に出てきた人物、すべての者に質問してみたらいいさ。『伯爵の秘密の痣を知っていますか?』ってね」 「答えられなかったら、アーサー卿と夜を共にしていない証拠になると……」 「俺と噂になったら仕事がまわってきただの、自分のステータスがあがる。なぁんて根も葉もない噂話だけが、見事に先行してしまったせいで、大々的に広まったらしい。俺としては忙しくて、それどころじゃないんだけどね」  肩を竦めながら苦笑いする伯爵に、改めて向き直った。 「そんなお忙しいアーサー卿をここにお引止めしてしまって、大変申し訳ありません。どうぞお引き取りください」  言い終えてから深く頭を下げたというのに、いきなり両肩を掴まれて無理やり上げさせられてしまった。 「半日くらい平気さ。君だって屋敷に優秀な執事殿を置いて、ここに来ているだろう? 俺も同じことをしているだけだし、2時間ここでのんびりしてリフレッシュするのも、午後からの仕事が捗りそうな気がする」 「2時間っ!?」  ここに滞在していた時間を唐突に聞かされ、驚かないほうがおかしい。  王都の街中と違って何もない一面の茶畑を見ながら、伯爵は何をして時間を潰していたのだろうか。

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