122 / 332
抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい44
ドアノブを握りしめたまま固まるベニーの背を見ながら、伯爵が嬉しさを隠しきれない声色で語りかけた。
「俺の告白を聞いたローランドは、頬を真っ赤に染めて、とても困った顔をしていてね。すごく可愛かった」
「…………」
「執事殿は嫌かもしれないが、躰からはじまった恋を実らせるために、俺は全力で彼を堕とす」
「おやめください。ローランド様の輝ける未来を、貴方は壊すおつもりですか」
ベニーは力なくドアノブから手を離して、顔だけで振り返った。
「恋のひとつやふたつしたくらいで、ローランドの未来が壊れるわけがないだろう」
軽蔑の眼差しで見つめるベニーの視線を受けても、伯爵は平然としたままだった。
「恋をしたことがないローランド様にとって、伯爵が与えるそれは、毒になるのでございます」
「毒か……。やり方次第では、薬に転用することもできそうだが? やってみせようか」
肩を竦めながら自分を見下ろす伯爵の態度に、ベニーは苛立ちが隠しきれないところまで追いつめられた。
これ以上伯爵と話をしても埒が明かないと判断し、顔を背けた勢いでドアノブに手をかけ、躰を使って中に押し入る。客間と思しき部屋の隅に、段ボールが雑然と積まれていた。
無言のまま部屋の中央に進むと、扉を閉めた音のあとに、椅子に座るような音が聞こえた。
「伯爵みずから、私を見張るおつもりなのでしょうか?」
「見張る必要はないだろう。ゼンデン子爵の仕事を引き継ぐローランドのために、質問があれば答えようと思ってね」
「お忙しいでしょうに、ありがとうございます」
ベニーは段ボールの傍らで姿勢を正して、伯爵に一礼した。
「陛下から、面倒を見るように仰せつかっているからね。遠慮なく、何でも聞いてくれ」
丁寧にお辞儀をしたベニーに、伯爵は唇にたたえた笑みを消し去る。
「…………」
ただならぬ雰囲気を感じて、身構えながら伯爵に背を向けた。
ローランドに指定された印のついた箱を探し出し、持って帰るものとして積み上げる。それ以外のもので気になるものがないか、手をつけていない段ボールの中身を確認し始めた矢先だった。
「執事殿としては、ローランドのすべてを把握しておきたいだろうね。そこに転がってる資料よりも、重要なことだろうし」
「だいたい、把握しているつもりですが……」
「君なりに把握しているつもりだろうが、君の知らない彼の顔を、俺だけが知っているだろう?」
ともだちにシェアしよう!