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抗うことのできない恋ならば、いっそこの手で壊してしまえばいい59

 涙に濡れた瞳はエメラルド色が濃く艶めき、悲しんでいるローランドを前にしているというのに、ベニーは不謹慎な気持ちになった。  治療道具の片付けの手を止め、泣き崩れる躰をぎゅっと抱きしめる。 「なぁベニー」 「なんでございましょう?」 「おまえも僕を抱きたいのか?」  唐突になされた質問に、ベニーの心臓はどくんと跳ね上がった。  落ち着かなければと焦れば焦るほどに、鼓動がさらに高鳴る。腕の中にいるローランドにそれがバレないようにしようと、ちょっとだけ躰のスペースをあけた。 「アーサー卿が言っていた。ベニーもそういう気持ちで僕を狙ってると」 「そ、それは……」  伯爵がついた嘘だと弁解したいのに、口の中が一気に干上がって、一言も発することができなかった。 「穢れてしまった僕でよければ、このまま抱いてもいいぞ」 「ローランド様は穢れてなどおりません。それに――」 「それに?」 「ローランド様のお心には、伯爵がおられるではないですか」 「いたところで、僕の想いは実らないだろう。遊び人のアーサー卿を好きになった時点で、この恋は終わってる」 (やけにあっさりと、お認めになられたな――) 「おまえに抱かれたら、その想いが薄まると思ったのだが」  ベニーはローランドの両肩に手を置き、躰を引き離しながら首を横に振った。 「そんなことで薄まるものなら、どなたも苦労はしません。恋とは考える以上に、難しいことなのです」 「ベニー?」 「私の好きになる方は昔も今も、他の誰かを好きになってしまう……」  首をもたげたベニーの言葉に、ローランドは息を飲んだ。 「今夜はこれにて失礼いたします。おやすみなさいませ」  ベニーは、手早く治療道具を片づけてから静かに立ち上がり、いつものように微笑みながら丁寧にお辞儀をする。見つめる視線を振り切る感じで、足早に部屋を出て行った。ローランドはその背中を、黙ったまま見送った。  いなくなってもしばらくの間、出て行った扉をいつまでも眺め続けたのだった。

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